エジプト ダム建設の裏表
砂漠の国エジプトで、唯一の真水の供給源はナイル川だ。
エジプトに来て見ると気がつくけれど、エジプトの農地、人口、主要都市のほとんどはナイル河岸に集中している。
ナイル河の周りの土壌は豊かで、たくさんの作物が育つ。
エジプトでははるかな昔(紀元前3000年くらい)から、豊富な作物はナイル河の氾濫によって育まれると信じられ、ナイル河の氾濫を喜ぶ風習があった。
エジプトは長い間、こうして自然と共存していた。
それが変わったのは現代。
20世紀、世界中で人間は自然を支配し、コントロールしようと躍起になっていた。
エジプトでも1970年、アスワン・ハイ・ダムが完成し、ナイル河の水の流れを調整できるようになった。
その結果、氾濫原は土地開発の対象となり、クリーンな水力発電が可能となった。
しかし、自然を支配しようとした結果、自然は決して思うように支配できないことが証明された。
ダムに起因する環境問題が次々に生じたのだ。
灌漑によって新たな農地ができたが、一方で、毎年の洪水がもたらした従来の肥沃な土壌をもつ土地は水没した。
また、灌漑された砂漠地帯は乾燥がはげしく、塩性化がさけられなくなった。
地中海に面したナイルの河口には、野生生物をはぐくむ豊かな氾濫原や砂州がある。
これまで洪水によってはこばれていたシルト(粒子の細かい土砂)が不足したため、河口の土壌も海に浸食されるようになった。
現在ではシルトは河口ではなく、ダム湖の底に堆積している。
農地、考古学調査の宝庫、野生生物の生息地、村そのものなどが、すべてダムの底にしずんだ(アブシンベル大神殿やイシス神殿はユネスコが支援し場所を移した)。
汚染された水による病気など、人間の健康もそこなわれている。
さらに、ナイル川流域はヨーロッパとアフリカを行き来する渡り鳥の中継地としても重要だ。
少なくとも7種の哺乳類と70種の植物は固有種である。
絶滅の危機に陥っている動物種が少なくとも19種あり、緊急な保護を必要としている。
現在、保護地となっているのは国土の9.9%(2007年)以下である。
政府はエジプトの自然環境が、深刻な状態にあると気づきはじめた。
人口の増加によって天然資源が枯渇し、農地はどんどん痩せてきている。
20世紀、私達は自然を支配しようと格闘してきた。
21世紀、私たちは自然と共存しなければならない。
そうしなければ自然は人間のせいで破滅し、自然によって生かされている私達も破滅していく。
エジプトでは自然を敬い、自然を司る様々な神を信仰し、自然の流れの中で生きてきた。
日本も同じように、自然に存在するもの全てに神が宿っていると信じ、八百万の神として信仰し、自然をおそれて生きてきた時代があった。
今、回帰する時が来ている。
アスワンハイダム、東京ドーム164個分の大きさを持つエジプトの誇る現代の巨大建築を見渡すと、500kmに及ぶ人造湖はナセル湖に続く。
人と自然の共存はいったいどこにあるのだろうか。

