エチオピア 大自然と多様な文化に抱かれて

私達日本人にとってエチオピアのイメージは決していいものではないと思う。
いろいろなボランティア団体がエチオピアのがりがりの子どもの写真を公開し、深刻な飢餓状態を救おうと訴えている。
そこに写った子ども達はみすぼらしい格好をし、泥の小屋に住んでいる。
だから、私にとってエチオピアのイメージはとても貧しい、砂埃の舞う荒地だった。

だから私は驚いた。
美しい自然、溢れる緑、色とりどりの鳥が舞う楽園さながらの大地。
エチオピア、この高原には本当に豊かな生態系が息づいていた。
南部では、バスの車窓から様々な種類の鳥や猿、鹿科の動物を眺めることができる。

エチオピアの南部の少数民族を訪ねて旅していた。
彼らは藁葺き屋根の家に今でも住みつづけているが、旅人を敬愛の心で迎える心の豊かさを持っていて、感動させられた。
家にはいると、もてなしのためにわざわざ薪を燃やしてコーヒーを入れてくれた。
そして、なんと快く泊めてくれたのだ。

確かに家は質素だったけれど、日本人が持っていないものを彼らが持っているのではないだろうか。

私たちの泊まったハマル族はみんな優しかった。

そして、みんなが朝は太陽の光に溢れ、夜は無数の星が煌く自分の村を愛していた。

私たちがどれだけ、自分の住んでいる土地を愛しているかわからないけれど、ここに住む人はエチオピアの土地が心から大好きなのだ。

南部にはほかにも70以上の民族と言語グループが存在しているらしい。
エチオピアの民族は、驚くべき多様な文化を有している。
北部にもキリスト教正教会のアビシニア王国の古い伝統がある。

エチオピアのアビシニアの大平原は、二つの巨大な高原台地上に位置し、真ん中が大地溝帯によって分割されている。
東はソマリア、オガデンの灼熱の砂漠、西はスーダン、そして北はアフリカ大陸プレートがアラビア・プレートにぶつかるダナキル地方となっている。
そこから標高は次第に上がり、半乾燥性の低地や所々に分散する熱帯林を経て、山地の森林、そして標高4000メートル以上のセミエン、バレ、グッギ山脈の斜面に位置する草原にいたる。
そして、これら全ての地域に多くの固有動植物が分布している。
エチオピアの生態系の多様性は、その文化の多様性に劣らず、アフリカ大陸では横に出る国はないそうだ。
エチオピアはまさに大自然の宝庫なのだ。

エチオピアに来た時、南部の民族も含め、マネーマネーと手を出してくる人が多かった。
本当に絶え間なく金銭を要求されるため、何て旅しにくい国なのだろうと感じた。

よく考えてみたら、旅人の落とす観光による現地の収入と言うのが地元の人には見えにくいのかもしれない。
そして、アフリカの貧困とは先進国が生み出した物だと言う意識もあるのかもしれない。

エチオピアは他のアフリカ諸国に比べ、観光ビジネスに遅れを取っているらしい。
ツアー運営業者らは、観光ビジネスを個人の利益獲得の手段のみととらえる傾向があり、一部の地域では、地元文化の搾取につながってしまっているという。
その結果、地元コミュニティーが疎外されてしまい、訪問者の体験が損なわれ、業界に悪影響を与えているというのだ。
更にはコミュニティーが利益を受けるチャンスは失われ、観光は有益な効力ではなく、破壊的な影響を与えるものと化してしまう。
このような現象は、特にエチオピア南部において見られているそうだ。

そんな話しを聞いたのは、エチオピア南部のコンソという町だった。

ここにはイチゴ畑エコロッジ(Strawberry Fields Eco Lodge, SFEL)と言う場所がある。
ここでは、そういった悪い風潮に立ち向かおうとしているプロジェクトが行われていた。
SFELのねらいは、観光とコミュニティー発展活動を融合させ、コミュニティーが観光の利益を実感できるようにすることだそうだ。
コミュニティーに根ざした文化体験プログラムにより、訪問者がより深く現地社会と交流することを促進している。
じつをいうと、私はここに行っていない。
コンソ最後の日に、このエコロッジのことを知ったのだ。
私はエコロッジのパンフレットを見て、アフリカでこんなに頑張っているプロジェクトがあるのに感動してしまった。
なにしろ、これは私の夢の一部なのだから!!
本当は行ってみて、実際の様子を紹介したかったのだけれど、こればかりはしょうがないのでパンフレットの内容を紹介したい。

一部抜粋↓

コンソの人々は、勤勉な農民として知られ、 険しく露出した玄武岩が大地溝帯を東西に横断する地域に住んでいます。
戦闘的な遊牧民に三方を囲まれているこの古風な趣のあるささやかな文明は、ボレナとオモ渓谷の乾いた荒地に降りて行く前の最後の定住農業地域となっています。
コンソの土地は養分が乏しく、深く浸食された峡谷に切り込まれた急な斜面が特徴です。

更に、降雨量は不安定です。
このような厳しい条件が、アフリカで最もタフな農民と言われる人々を生み出しました。
コンソは、何世紀にもわたりコミュニティーの労働力により作られた乾式工法による石造りの段々畑で有名です。
地域一帯に広がる段々畑は、痩せた土壌でモロコシやモリンガ(Moringa)の栽培を可能にしています。
その他、ハト豆等の豆類やキャッサバ等を間作し、降雨量が十分であれば、人々が必要なだけの食物をまかなえるのです。

訪問者らが段々畑を登り、高地にあるコンソの村落にたどり着くと、現地の人々に、地元の言葉で挨拶し、地元の礼儀作法に従ってふるまいます。
コミュニティーに根ざした活動に参加することで、訪問者らは草の根レベルの社会に収入をもたらすのです。

SFELのねらいはそれだけではなく、持続可能な生活のための総合的な資源管理システムであるパーマカルチャーの研修も提供しています。
パーマカルチャーには、栄養農園や苗床の設置、コミュニティーのニーズに沿った生産性ある農林業を含む再植林活動、種子バンクの運営、生態系保全と食料生産のための土壌改良等が含まれます。

パーマカルチャーは、貧しい農村地区にとって、食料供給の不安定性と環境破壊という背中合わせの二つの災難に対応し、アフリカの女性にとって特に重要な不必要な労働という問題も解決してくれるのです。

パーマカルチャーは、生命と生活を維持することを目的としており、干ばつと食料不足と闘争するコンソにとって、膨大な潜在能力を持っています。
SFELは、エチオピアで最初のパーマカルチャー試験農場を提供しています。
農場は、エコ・ロッジのレストランに新鮮で美味な食材を提供するだけでなく、地元のコミュニティーや団体、そして外国からの訪問者が参加できるパーマカルチャー研修プログラムの場でもあります。
外国からの参加者が支払う研修費は、地元の人々が研修に参加するための資金となります。

全ての参加者は、研修の過程で、自分のアイディアや経験を他の参加者らと共有するチャンスを持てます。
SFELの専属講師であるティチャファ・マコベレ氏(Mr Tichafa Makovere)は、ジンバブエから来たパーマカルチャーの専門家であり、アフリカ南部のパーマカルチャー運動のリーダー的存在です。

SFELは、毎月、72時間のパーマカルチャー・デザイン講座(有資格)を開催しています。外国人の参加費用は、13日分の食事・宿泊費込みで750ドルで、講座内容には、理論、実地研修、現地見学、参加型のデザイン実習が含まれます。

SFELは、皆さんの参加を歓迎します。
コンソのコミュニティーを訪れ、ユニークでいつも明るく、その素晴らしい文化を非常に誇りに思い、毎日の素朴な作業を達成することに労を惜しまない人々を知ってください。
コンソは、驚異的な美しさと厳しい現実が背中合わせの土地です。
SFELでは、開発活動家から少し地元に貢献したいと思っている観光客まで、どんな訪問者にでもコンソを楽しむチャンスを提供しています。
「Ogado! 魅惑の地コンソへようこそ!」

抜粋終わり↑

というわけで、エチオピアを体験するにはものすごく興味深い場所のように思ったので、ホームページで紹介させていただきました。
エチオピア、バスの移動では砂埃が常に舞い、人々はマネーマネーと手を出してくるけれど、この土地の大自然と文化の多様さには鳥肌が立つほど感動したのも事実である。
アフリカを旅する人にはぜひ、エチオピアを肌で感じて欲しい。