たくさんのものが見たくて旅に出た。
辿りついたトロンペアントム村で見えたものは、ずっと持っていたものだった。
この村で、みんなの素朴なやさしさに惹かれつづけた。
誰かのふとしたしぐさ、笑顔に幸せが満ちている。
子どもたちのはしゃいで転げまわる姿が眩しい。
ここには日本にあるような便利なものは、ほとんどない。
電気もガスも水道もないから、生活は太陽とともにあり、いつも自然に生かされている。
働く会社もないから、自分で家族を養うために、食べ物を育てる。
全ての食べ物を育てられないから、村で分け合う。
保育園なんてないから、お母さんが働いているとき、赤ちゃんの世話は子どもの仕事。
家族は支えあわないと生きていけないから、いつも触れ合いがある。
1日かけて編んだ「かご」は50円。
余分なものを買うお金はないから、本当に必要なものを考えて、それで満足できる。
洋服は大きくなってからでいい。
日本人が持っていく古着。
洋服のない子から順番に配っていく。
持っている子が「もっと、もっと」と言わずに「次はこの子にあげて」と言う。
ただ生きるために支え合う。
そこにやさしさが生まれ、感謝があふれている。
ここにあるもの全て、日本にあるけれど、あまりに多くのものに埋もれて隠されている。
私はいつから「もっともっと」欲しくなったんだろう。
「モノ」を求めて働くことが、生きるということ?
たくさんの「モノ」に囲まれて、周りからうらやましいと言われ、悦に入った先に見えるものが幸せ?
より優れたものを追い続け、私たちは物質的に豊かになった。
「モノ」を求める欲望に支配されて、いつも満足できない、しちゃいけない世界が作られた。
発展することが幸せだと信じていたら、足元に幸せが転がっていることに気づかない。
「毎日、本当に楽しいからここに来てる!!」
たくさんのボランティアから聞いた言葉。
そう、学校を作るのは彼らのためだけじゃない、自分が楽しいからだった。
ここにいると、日本にいるより、生きてるって感じがする。
生きるってこういうことかと思う。
思いきり笑って、感謝して、誰かのために働くこと。
そして、誰かが「ありがとう」と言ってくれて、感謝が循環していく。
幸せってこういうことかと思う。
感謝から思いやりが生まれ、自然に笑顔になってしまうこと。
毎日楽しくて、毎日感謝して、毎日たくさん笑った。
お別れの日に、子どもたちが自分たちの作った校庭で思い切り遊ぶ姿を見たら泣けてきた。
これからみんなと会えなくなると思ったからじゃなくて、あんまりに子どもたちが楽しそうで笑顔が眩しかったから、うれしくて仕方なかったんだ。
学校建設に関わったみんなや、村の人が「ありがとう」って言ってくれたら、なんだかもっと泣けてきた。
そういえば、「ありがとう」と言われて泣けることが、日本ではそんなになかったな。
誰かのために一生懸命に何かをしたときにしか、泣けないんだろうな。
それから、自分たちの手で作ってきた校舎が、明日からは見れなくなると思ったら悲しくなった。
一緒に校舎を作ろうと頑張っていた仲間と、しばらく会えないと思ったら寂しくなった。
毎日村中を走って追いかけた子どもたちと、明日からは会えないんだと思ったら辛くなった。
そうして、ずっと泣いていたら子どもが周りに集まってきてみんなで慰めてくれるから、涙がとまらない。
子どもたちは、あんまり泣きやまない私の手を引っ張って、自分のお気に入りの場所に連れて行ってくれたり、私をよっしー(旦那)のそばに引っ張っていったりしてくれた。
「明日も会えるよね」と言って、約束の小指を差し出す子どもたちに、私は何も言えなかった。
「明日、日本に帰るんだよ」そう言っても子どもたちは「明日も会えるよね」と言ってくるから、私は我慢できなくて「またいつか」と子どもの小指を握り返してしまった。
みんな元気で、いつものように今も走り周っているんだろうな。
いつものように笑顔全快で、幸せに暮らしているんだろうな。
「幸せ」って何か、日本で忘れかけてしまったら、そんなときは、きっとカンボジアを思い出す。
毎日が楽しかったのはみんなの思いやりがあったから。
ここで見つけた大切なものを、これからも忘れない。
ここで見つけた「幸せ」を、きっとどこかにつなげていく。
みんなありがとう。

