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    <title>私的世界事情</title>
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    <updated>2010-03-07T17:25:04Z</updated>
    <subtitle>旅の日記です。</subtitle>
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    <title>日本人として生きていく</title>
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    <published>2010-03-07T17:18:02Z</published>
    <updated>2010-03-07T17:25:04Z</updated>

    <summary>パラグアイ、イグアス日本人移住区を訪ねた。 南米に行ったら、どこか日本人移住区を...</summary>
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        <name>あおい</name>
        
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        <category term="パラグアイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="パラグアイ　イグアス日本人移住区" label="パラグアイ　イグアス日本人移住区" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>パラグアイ、イグアス日本人移住区を訪ねた。</p>
<p>南米に行ったら、どこか日本人移住区を訪ねたいと思っていた。<br />地球の反対側に住んでいる同胞が、何を思い、何をしてきたのか。<br />同胞、この言葉をここに来るまで使ったことはなかった。<br />同じ故郷を持ち、同じ言葉を話し、同じ何かを信じたことのある人々を表現できる言葉がほかに思い浮かばない。</p>
<p>南米には、世界中から移住者が集まっている。<br />その中でも、日本人移住区に行きたかった。<br />それは、私が日本人だという証で、間違いなく日本に帰属意識がある証なのかもしれない。</p>
<p>移民、この言葉には不幸な響きがある。<br />日本で移民といえば、家族と離れ離れになったり、現地に行ってから風土病が流行って亡くなる人が出たり、作物の根付けが上手くいかなかったりと、大変な苦労や不幸な話ばかりがクローズアップされている。<br />映画やドラマなどでは、それを乗り越えて成功や幸せを掴むという結末になるのだが、移民＝苦労人というイメージが作られていることにかわりはないだろう。<br />移民＝苦労した偉い人、それは一面の真実に違いないが、本当にそれだけなのだろうか。</p>
<p>移住地に来て、移民資料館を訪れた。</p>
<p>未開のジャングルを開拓する苦労を垣間見て、なんて大変なことがあったのだろうと思った。<br />同じ日本人が、人の生きることの出来ない土地を耕し、現地の人の生活まで潤すことに成功している。<br />カンボジアの学校を更地に建てるだけでものすごく苦労したのに、森を切り開くことから始まる作業の途方もなさを思うと、目が眩むようだった。<br />日系２世の女の子が「この土地を作る時の苦労を聞かれたら、木を一本指して、あれを1本切るのってどれくらい大変だと思う」と聞くことにしていると言っていた。<br />桜の木ほどの太さを想像してくれたらいい。<br />確かに、そんな木ばかりの土地を畑にするのは、果てしない作業だ。</p>
<p>移民資料館を案内してくれたのは日系３世の男の子だった。<br />まだ21歳だが、おじいちゃんやおばあちゃんの世代の話まで良く知っていて、とても丁寧に教えてくれた。<br />移民の歴史は調べればいくらでもわかることなので、ここでは割愛させてもらう。<br />興味のある人はぜひ、調べてみてほしいし、知って欲しいことがたくさんある。<br />私が何を一番に言いたいかというと、おじいちゃん、おばあちゃんの若かったころの日本を、私たちの世代がどれだけ知っているかということだ。<br />彼は、しっかりと記憶を受け継いで、自分のやるべきことをやっている。<br />日本に住んだことはなくても、日本人の記憶を持ち、日本の言葉を話し、日本人特有の柔らかな優しさを、日本に住む私たちより持っている。</p>
<p>私はここで、みんなと一緒に釣りに行ったり、料理したり、卓球したり、マージャンしたり、なんだか日本と似たような生活をしていた。<br />そして移住地の人たちが、みんなどこかでつながっている、小さな共同体の一員であることがわかると、なんだかうらやましくなった。<br />私が住んでいた日本にはもう無くなってしまっていたコミュニティが、ここにはまだ存続していて、みんなが一人を見守っていて、一人がみんなのことを気にかけている。</p>
<p>日本から離れたからこそ、助け合わなくてはいけなかった。<br />人数が少ないから、関係が薄れることがなかった。<br />人とまじめに向き合うから、誠実で優しい人間が育った。<br />こうして、日本よりも日本の持っていた良さを、受け継いでいる。</p>
<p>そう思ったら、悔しくなった。</p>
<p>移民は苦労した偉い人、もちろんそれは変わらない。<br />でも、私のおじいちゃんやおばあちゃんだって、戦争を生き抜き、戦後貧しい中を苦労して、未来をつないできた偉い人たちだ。<br />それなのに、若い世代がそういう事実を知らず、年長者との関係が希薄なのが勿体無い。</p>
<p>日本人は、与えられた環境の中で精一杯努力する才能と、人と誠実に付き合っていく優しさを、みんなが等しく持っているはずだ。<br />パラグアイの日本人が、気づかずとも持っているものを、私たちは失いかけていないだろうか。</p>
<p>私にとって移民は、苦労した偉い人であることは変わらないけれど、苦労した分、優しくなって、やりがいをたくさん持ち、仲間を持つことが出来たうらやましい人たち、という存在になってしまった。</p>
<p>どこにいても、人間は苦労して、努力して、協力し合うことで、幸せを見つける。<br />パラグアイでも日本でもそれは変わらないことなのだ。</p>
<p>移民というと、特別な存在になってしまうが、彼らは同じ日本人だ。<br />日本にいることがなくても、日本人らしく強く生きている。<br />それは、とてもうれしいことだった。<br />日本の反対側に、自分の仲間がいて、幸せに生きている。</p>
<p>私はここで、日本人の持つ美徳に気づいた。<br />パラグアイの日本人が、自分と同じ血を持っていることが誇らしく、日本人であるということがうれしいと思うことが出来た。<br />だから、世界のどこかに生きている日本人が、日本にいる日本人を素晴らしい同胞だと思ってくれるように、私は日本で、日本人として強く生きていきたい。<br />誰かと共に苦労し、努力し、幸せを見つけて生きたい。</p>
<p>泊まっていた宿のオーナーのお父さんが「俺が帰るといつも同窓会になる。ガキ大将だったからね」と言っていた。<br />50年前に移住してきたという日系1世のおじいちゃん（見かけも立ち振る舞いもとても若いので、この呼び方は失礼かもしれません。ごめんなさい）が、まだ日本とつながっているということはうれしかった。<br />おじいちゃんが、まだ日本のことを思っていてくれることも、日本にいるおじいちゃんの友達が、50年間離れていてもずっと友達を忘れずにいることもうれしかった。<br /></p>
<p>日本は間違いなく温かい国だ。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>学校が出来るってどういうこと？？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://smile-earth.com/diary/2010/02/000697.html" />
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    <published>2010-02-16T19:52:29Z</published>
    <updated>2010-02-16T19:53:59Z</updated>

    <summary>みんな、元気ですか？ 今日、みんなに話したいのは学校のこと。私はみんなに学校がど...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
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    <category term="カンボジア　ikiikischool　smile　earth　project" label="カンボジア　IKIIKISCHOOL　SMILE　EARTH　PROJECT" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>みんな、元気ですか？</p>
<p>今日、みんなに話したいのは学校のこと。<br />私はみんなに学校がどうして必要なのか、ずっと考えていたんだ。</p>
<p>学校建設に参加しといて、今更どうして？？って思うでしょう。</p>
<p>最初は学校があったら、もっと可能性が広がって、みんながもっと幸せになれるって、勝手に思っていたんだ。</p>
<p>でも、みんなの最高に楽しそうな笑顔を見てしまったら、これ以上の幸せなんてあるのかと、学校を作ることが本当に良いことなのかわからなくなった。</p>
<p>今まで学校がなかったから、みんなは字を読むことも書くこともできないけど、必死で言葉を教えようとしてくれたね。<br />字を知らなくたって、友達になるために必要なことは何かを、みんな知ってたよね。</p>
<p>学校ができるって、みんなにとっとどういうことなんだろう？？</p>
<p>私にはわからなかったけれど、みんな学校ができるのを楽しみにしていたね。</p>
<p><br />私は知ってる。</p>
<p>人間は平等じゃない。</p>
<p>世界には学校に行くことが義務の子どもも、戦争に行くことが義務の子どももいる。</p>
<p>30年前、カンボジアの子どもたちは地雷の隙間で生活していた。<br />みんなと同じ年くらいの多くの子どもたちが犠牲になった。<br />学校は閉鎖され、先生は殺され、教科書は燃やされた。<br />知識を持つことは悪いことだと教えられた。<br />勉強したいという希望は抑えこまれ、考える能力が奪われた。</p>
<p>30年前、ポルポト政権による大虐殺。<br />おじいちゃんもおばあちゃんも怖くて、そのときのことをまだ語れずにいる。<br />帰らない人を待ち続ける悲しさが身に沁みたから。</p>
<p>人間は平等じゃない。</p>
<p>神様の試練でもなんでもなく、ただ本物の悪意が突然襲い掛かってくることがあるのだと思う。</p>
<p>それでも、今、そんな月日を経て、みんなが笑っている。<br />それは神様の奇跡のようで、実は人間の力なのだと思う。</p>
<p>人間はすごい、生きているってすごい、みんなを見ると、そんな希望が見える。</p>
<p>みんなは、学校が出来るのを楽しみにしていたね。</p>
<p>だから、学校を作る理由なんて、私が考える必要はないのかもしれない。<br />みんなが喜んでくれる、それだけが大事なことだったんだ。</p>
<p>きっと、人間は学びたい生き物なのだ。<br />みんなを見てるとそう思う。</p>
<p>今度はきっと大丈夫。<br />満足するまで、たくさん学んで。</p>
<p><br />人間は平等じゃない。</p>
<p>でも、私たちは平等にしていく力を持っている。<br />希望を見つけ、育て、一緒に幸せになる力を持っている。</p>
<p>私たちの知っていることを、みんなが知る必要がないなんて、誰にも言えない。<br />私たちの持っているものを、カンボジアの子どもに持つななんて、公平じゃない。<br />知ることから生まれる可能性を誰にもつぶす権利はない。<br />もちろん、知ることはいいことばかりじゃないけれど、知ってどう行動するかはみんなが選べばいい。</p>
<p>そういえば、絵描きのかんなちゃんが学校の壁に描いた「笑っている地球」を見て、地球なんて見たことのないみんなは「お月様！！」と言って喜んでくれたね。<br />みんなが地球を知った時、学校の壁に描かれた笑う地球をどう感じるだろう。<br />みんなが、かんなちゃんが描いたような笑う地球に住みたいと思ってくれたら、私はそれがうれしいなぁ。<br />地球が笑っているためには、みんなが笑っていないといけないんだよ。</p>
<p>みんながこれからもずっと笑っていること、みんなの笑顔から幸せをもらった全ての人が願っています。</p>
<p>笑顔を忘れないで生きてください。<br />学校があってもなくても、それが一番大事なことだから。</p>
<p>遊び、学び、笑い、みんなが成長した頃、また会いに行くね。</p>
<p>それではまた。<br /></p>]]>
        
    </content>
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    <title>トロンペアントム村のみんなへ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://smile-earth.com/diary/2010/02/000692.html" />
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    <published>2010-02-06T18:36:24Z</published>
    <updated>2010-02-06T18:52:49Z</updated>

    <summary>たくさんのものが見たくて旅に出た。辿りついたトロンペアントム村で見えたものは、ず...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="IKIIKISCHOOL  " scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="カンボジア　トロンペアントム村　ikiikischool" label="カンボジア　トロンペアントム村　IKIIKISCHOOL" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>たくさんのものが見たくて旅に出た。<br />辿りついたトロンペアントム村で見えたものは、ずっと持っていたものだった。</p>
<p>この村で、みんなの素朴なやさしさに惹かれつづけた。<br />誰かのふとしたしぐさ、笑顔に幸せが満ちている。<br />子どもたちのはしゃいで転げまわる姿が眩しい。</p>
<p>ここには日本にあるような便利なものは、ほとんどない。<br />電気もガスも水道もないから、生活は太陽とともにあり、いつも自然に生かされている。<br />働く会社もないから、自分で家族を養うために、食べ物を育てる。<br />全ての食べ物を育てられないから、村で分け合う。<br />保育園なんてないから、お母さんが働いているとき、赤ちゃんの世話は子どもの仕事。<br />家族は支えあわないと生きていけないから、いつも触れ合いがある。<br />1日かけて編んだ「かご」は50円。<br />余分なものを買うお金はないから、本当に必要なものを考えて、それで満足できる。<br />洋服は大きくなってからでいい。<br />日本人が持っていく古着。<br />洋服のない子から順番に配っていく。<br />持っている子が「もっと、もっと」と言わずに「次はこの子にあげて」と言う。</p>
<p>ただ生きるために支え合う。<br />そこにやさしさが生まれ、感謝があふれている。</p>
<p>ここにあるもの全て、日本にあるけれど、あまりに多くのものに埋もれて隠されている。<br />私はいつから「もっともっと」欲しくなったんだろう。<br />「モノ」を求めて働くことが、生きるということ？<br />たくさんの「モノ」に囲まれて、周りからうらやましいと言われ、悦に入った先に見えるものが幸せ？<br />より優れたものを追い続け、私たちは物質的に豊かになった。<br />「モノ」を求める欲望に支配されて、いつも満足できない、しちゃいけない世界が作られた。<br />発展することが幸せだと信じていたら、足元に幸せが転がっていることに気づかない。</p>
<p>「毎日、本当に楽しいからここに来てる！！」<br />たくさんのボランティアから聞いた言葉。<br />そう、学校を作るのは彼らのためだけじゃない、自分が楽しいからだった。</p>
<p>ここにいると、日本にいるより、生きてるって感じがする。<br />生きるってこういうことかと思う。<br />思いきり笑って、感謝して、誰かのために働くこと。<br />そして、誰かが「ありがとう」と言ってくれて、感謝が循環していく。<br />幸せってこういうことかと思う。<br />感謝から思いやりが生まれ、自然に笑顔になってしまうこと。</p>
<p>毎日楽しくて、毎日感謝して、毎日たくさん笑った。<br />お別れの日に、子どもたちが自分たちの作った校庭で思い切り遊ぶ姿を見たら泣けてきた。<br />これからみんなと会えなくなると思ったからじゃなくて、あんまりに子どもたちが楽しそうで笑顔が眩しかったから、うれしくて仕方なかったんだ。<br />学校建設に関わったみんなや、村の人が「ありがとう」って言ってくれたら、なんだかもっと泣けてきた。</p>
<p>そういえば、「ありがとう」と言われて泣けることが、日本ではそんなになかったな。<br />誰かのために一生懸命に何かをしたときにしか、泣けないんだろうな。</p>
<p>それから、自分たちの手で作ってきた校舎が、明日からは見れなくなると思ったら悲しくなった。<br />一緒に校舎を作ろうと頑張っていた仲間と、しばらく会えないと思ったら寂しくなった。<br />毎日村中を走って追いかけた子どもたちと、明日からは会えないんだと思ったら辛くなった。</p>
<p>そうして、ずっと泣いていたら子どもが周りに集まってきてみんなで慰めてくれるから、涙がとまらない。<br />子どもたちは、あんまり泣きやまない私の手を引っ張って、自分のお気に入りの場所に連れて行ってくれたり、私をよっしー（旦那）のそばに引っ張っていったりしてくれた。</p>
<p>「明日も会えるよね」と言って、約束の小指を差し出す子どもたちに、私は何も言えなかった。<br />「明日、日本に帰るんだよ」そう言っても子どもたちは「明日も会えるよね」と言ってくるから、私は我慢できなくて「またいつか」と子どもの小指を握り返してしまった。</p>
<p>みんな元気で、いつものように今も走り周っているんだろうな。<br />いつものように笑顔全快で、幸せに暮らしているんだろうな。</p>
<p>「幸せ」って何か、日本で忘れかけてしまったら、そんなときは、きっとカンボジアを思い出す。<br />毎日が楽しかったのはみんなの思いやりがあったから。<br />ここで見つけた大切なものを、これからも忘れない。<br />ここで見つけた「幸せ」を、きっとどこかにつなげていく。</p>
<p>
<p>
<p>
<p>みんなありがとう。 
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"></span></p></p>
<p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><img class="mt-image-none" height="450" alt="P1080522.JPG" src="http://smile-earth.com/diary/picture/asia/P1080522.JPG" width="600" />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="338" alt="P1080581.JPG" src="http://smile-earth.com/diary/picture/asia/P1080581.JPG" width="600" /></span></p>
<p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"></span></p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"></p>
<p></p>
<p></p></span>
<p></p>]]>
        
    </content>
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    <title>Tシャツの売り上げで黒板を寄贈　INタンザニア</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://smile-earth.com/diary/2009/09/000600.html" />
    <id>tag:smile-earth.com,2009:/diary//2.600</id>

    <published>2009-09-05T11:55:14Z</published>
    <updated>2009-09-06T20:42:15Z</updated>

    <summary>「笑顔を生む条件」http://smile-earth.com/diary/20...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="タンザニア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="タンザニア" label="タンザニア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>「笑顔を生む条件」<a href="http://smile-earth.com/diary/2009/07/000564.html">http://smile-earth.com/diary/2009/07/000564.html</a>でも紹介させていただいた、タンザニアのモシにある子どもセンターに、Tシャツの売り上げで黒板を寄贈させていただきました。</p>
<div class="asset-body">ここでは、学校に通えない子どもや、学校以外でもっと勉強したい子どもが、数少ない教科書の周りを囲み、みんなで一生懸命に勉強しています。</div>
<div class="asset-body">ただ、黒板がないため、何かを教えるきも、みんなに一斉に書いて説明することができません。</div>
<div class="asset-body">一人一人教科書を読んで、一人一人がわからないところを先生や友達に聞いていました。</div>
<div class="asset-body">みんなで共有して見ることのできる黒板があったら、先生も教えやすくなるだろうし、子どももみんな前を向いて勉強できるようになるのではなるのでは、そう思い、Tシャツの売り上げで黒板を寄贈させていただくことにしました。</div>
<p>黒板の製作を、現地の青年海外協力隊隊員の修君に頼んでおり、終了したメールが届いたので報告させていただきます。</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="外で撮影.jpg" src="http://smile-earth.com/diary/picture/africa/%E5%A4%96%E3%81%A7%E6%92%AE%E5%BD%B1.jpg" class="mt-image-none" style="" width="600" height="450" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p>以下、修君からのメールです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※<br /><br />スマイルアースプロジェクト　ゆうきさん＆葵さんこんにちは。<br /><br />モシのおさむです。<br /><br />お待たせいたしました。<br />先週黒板が完成いたしまして、KODOMOセンターへと届けてまいりました。 <br />黒板はうちの職業訓練校・VETAで発注しました。<br />良い木材を使っているということで、なかなかしっかりしたものができたと思います。<br />上のボード部分を取り外すことの出来る、スタンドタイプです。 <br /><br />黒板：70000Tsh<br />チョーク100本と黒板消し2つ：3000Ths <br /><br />以上のものをSMILE EARTH PROJECTから頂いた寄付金で購入しました。 <br />写真を添付しますので、ご覧ください。<br /><br />スマイルアースプロジェクトとチェムチェムのお二方の素晴らしい活動のお手伝いが出来たことを嬉しく思っております。 <br /><br />またこの黒板を作るに当たっても、多くのタンザニア人に協力を頂きました。<br />タンザニア人を助けようとして、タンザニア人に助けられる。やっぱり助け合いの中で「ありがとう」と言い合えるというのは、本当に素敵なことだと感じます。 <br />今はタンザニア人の立場から、タンザニア人に代わってお二方に感謝を伝えたいと思います。 <br /><br />ありがとうございました。 <br /><br />またこれからもよろしくお願いします。 <br /><br />青年海外協力隊　19年度4次隊　西山　修<br /><br />※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以下　黒板寄贈までの流れです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>話しはさかのぼります。<br /><br />タンザニアのモシで海外青年協力隊の修君とKODOMOCENTER（子どもセンター）にお伺いをしたときのこと。<br /><br />そこで、子どもたちと一緒に<strong>「幸せなら手を叩こう」</strong>のスワヒリ語バージョンを歌ってきたことはそのときの記事で読んでいただいた方も多いと思います。<br /><br /><br />実はそこで、こんなことがあったのさ。<br /><br />さて、子どもたちに何かしてあげられにかなぁ～？<br /><br />じゃ～みんなで歌でも歌おう！！<br /><br />ここまでは、すんなりだったのだけれど。さて、どうやって歌詞を教えよう？？<br /><br />まぁ、今回は修君が子どもたちにも分かりやすいようにスワヒリ語に変換してくれたからよかったけれど、20人も30人もいっぺんになると教えるのもなかなか難しい。<br /><br /><br /><span style="font-size: medium;"><strong>黒板でもあれば・・・。</strong></span><br /><br />そこに大きく書いて、みんなに分かりやすく教えてあげられるのに・・・。<br /><br />まぁ、と言ってもそれは俺達が教えやすいか、そうじゃないかの問題であって子どもたちは必要ないのかな？？<br /><br />ふと、そんなことを思った。<br /><br />ここを去ったあと、修君にそれを相談してみた。</p>
<p>そして、ここの運営をしているチェムチェムの代表の方にも連絡を取ってみた。<br /><br />幸いにも２人とも喜んでくれ、子どもたちのためにも黒板は必要だと言ってくれた。<br /><br />と、いうわけで<strong>「黒板プロジェクト」</strong>スタート！！<br /><br />残念なことに俺達は先の予定があったため、ここを去ってしまったんだけど、俺達の意向を修君に伝え、必要な分のお金を預け、あとは修君にプロジェクトを進めてもらった。<br /><br /><strong>これが、なかなか難しかったようで・・・。</strong><br /><br />そもそも、タンザニアに<strong>「黒板」</strong>という単体が無く、学校なんかはどこも教室の壁全面が黒板のようになっているのが通常だった。<br />もう建設段階から壁をツルツルの壁にして、チョークで書いたり消したりできるような。<br />ということは、どういうことかって言うと、<strong>黒板</strong>というものが売ってない。<br /><br />いろいろ、試行錯誤していただいて、結局修君の同僚に作っていただいたようです。<br /><br /><span style="font-size: medium;"><strong>ありがとうございました！！</strong></span><br /><br />そんなこんなで、修君に進めてもらっていた<strong>黒板プロジェクト</strong>が無事に完了！！<br /><br />あとは、子どもたちのために有効利用してもらえると嬉しいですね。<br /><br />Ｔシャツの売り上げ、ここでまた１００ドル使用させていただきました！！<br /><br />ご協力いただいた皆様、ありがとうございます！！</p><p><br /></p><br /><p>&nbsp;</p>]]>
        
    </content>
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    <title>シリアに愛を広げよう</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://smile-earth.com/diary/2009/09/000595.html" />
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    <published>2009-09-03T20:42:34Z</published>
    <updated>2009-09-04T00:42:01Z</updated>

    <summary>シリアで、青年海外協力隊隊員タカ君と知り合った。 言葉も不自由なこの国で、タカ君...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="SMILE　EARTH　PROJECT" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="シリア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="シリア" label="シリア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[シリアで、青年海外協力隊隊員タカ君と知り合った。<br />
言葉も不自由なこの国で、タカ君はたくさんの友達を作り、彼らからの信頼を得、日本でも難しい素敵なコミュニティ作りをしている。<br />
一緒に活動先を周らせて貰い、活動内容を聞く機会をもらええたことで、たくさんのことを学べてうれしかった。<br />
タカ君の周りにいるシリアの人達はタカ君のことが本当に大好きで大好きで、満面の笑顔で語りかけ、もっと一緒にいたいと言葉や態度で示していた。<br />
タカ君もシリアの人達を心から尊敬し、彼らと一緒に活動することが楽しくて仕方ないらしく、とろけるような柔らかい笑顔で彼らと接していた。<br />
国境なんて関係なく友達を作ることの出きる彼の才能って本当に素晴らしいし、やっぱり笑顔は世界をつなぐと確信もした。<br /><br />
タカ君のしている活動は誰でも出きることではないと思うので、ここで紹介させてもらいたい。<br />
タカ君はシリアで村落開発という名目の中、母子の健康向上のために活動している。<br />
どんな活動かというと、普段外に出ることの少ない女性に、自分の健康や子どもの健康を守る為の知識を提供していくことだ。<br /><br />
ここシリアの村落では、男性は外を自由に歩くことはできるが、「慎ましやかであれ」というコーランの教えのために、女性は外を自由に歩くことができない。<br />
外出は禁止されているわけではないが、、女性の安全を守る為、女性が1人で出歩ことを推奨していないそうだ（これは村に限っての話で、都会では多くの女性が一人で出歩いる。大学に一人で通う女性もいるし、一人で働きに出ることもある）。<br />
今の日本では考えられないけれど、女性は外出して家族以外の男性に顔を見せるべきではないと考えられているのだ。<br />
私たちが遊びに行った村の１３歳の女の子も、村を案内しようとすると、父親に外出を止められてしまった。<br />
男の子はものすごく自由なのに、女の子は不自由だ。<br /><br />
ここでは男性が家族を養い、女性は働く必要がないという社会認識のため、女性は学歴の低い場合が多いという。<br />
せっかく高校まで行っても、在学中に結婚し、家事をする為に高校をやめてしまうケースもあるそうだ。<br />
そういう理由で、シリアでは女性の識字率がとても低い。<br />
マンベジ郡では、６０％の女性が字を読むことができないそうだ（地域により40～75％と差はある。現在、子どもの多くは学校に通って字が読めるので、この値は大人の女性が対象になると思われる。昔は学校そのものが少なかったが、今はどこの村にも小学校はある。アサド大統領の政策による）。<br /><br />
もちろん保健体育のような健康教育を受けている女性も少なく、知識がないために母子の健康を損なうことにつながってしまっている。<br />
また、自ら避妊を選ぶと言う当然の権利を知らないために、たくさんの子どもを生み、体を損なっている女性が多い。<br />
さらには、近親婚（シリアでは親が決める結婚がほとんどで、半分以上の家庭が親族との結婚を決めている）の遺伝子に与える影響を知らないため、子どもに障害が生まれる確立が上がっているそうだ。<br />
（「親が決める結婚」はこれも都会では少なくなっているよう。田舎であっても、女性が嫌だと思えば断れることもあるとのこと）<br />
そこで、そういったことのないようにタカ君が活動しているのだけれども、外出することのない女性に知識を広めていくことは、そう簡単にはいかないそうだ。<br />
シリアには、女性が子どもに予防接種（シリアは予防接種が無料）を受けさせたり、病気になった時に連れて行く保健センターという施設が各地にある。<br />
そこがタカ君のメインの活動場所で、風邪防止や虫歯防止のためにポスターを作成して貼ったり、お医者さんに頼み、女性へ健康管理についてお話してもらうようにしている。<br />
また、女性が外出する場所として、モスク（イスラム教徒が神様にお祈りを捧げる場所）や女性の為の識字教室（政府が女性の識字率を上げるために無料で提供している！）にも目をつけ、保健センターと同じようにポスターを貼ってもらったり、ワークショップを開いたり、イスラムの博士にお願いして講義をしてもらったりしている。<br />
タカ君は、友達作りの天才で、そこで仲良くなった人と一緒に、また次のプロジェクトを考えたり、現地の人と人を繋ぎ、新しい動きを作り出している。<br />
知識がある人がない人へ伝える場を作ること、それがタカ君の活動であり、新たなコミュニティを作り出している。<br /><br />
シリアのマンベジ地区内に、今年、女性倶楽部と言う、女性のための女性自身による倶楽部が生まれ、活動が始まった。自分達の出きる裁縫などの知識を提供しあって、生活向上と生きがい向上のための場としている。<br />
女性自身が集まることにより、自分達の健康問題や妊娠の問題について考える場ができる。<br />
こういった倶楽部が、もっと増えるよう、女性倶楽部の活動を知ってもらうためのポスターを作ったり、ワークショップを開くこともタカ君の活動の一つだ。<br />
もっと詳しい活動内容やシリア情報が知りたい人は「タカの雑記帳」<a href="http://ameblo.jp/enholi/">http://ameblo.jp/enholi/</a>を読んでください。<br /><br />
タカ君はその人柄でたくさんの人から愛されていて、「タカの紹介してくれる人なら」とたくさんの人を繋げている。<br />
タカ君は「この国に来て本当に楽しいことばかり、毎日幸せだ」と言っていて、それは本当に素敵なことだけれど、はじめは言葉も通じず、自分の思いや、やりたいことを伝えることはとても大変だっただろう。<br />
それでも、いつも笑顔で、この国の人のことを思い行動してきたことが、現地の人に伝わった。<br />
イスラム教徒は人を助けることが生きる意味だと言う。<br />
タカ君はイスラム教徒ではないけれど、イスラム教徒と同じように人を助けることに積極的で、しかも楽しんで行動している。<br />
そんなタカ君を、人を助けることが天国へ行く道だと信じているイスラム教徒が放っておくわけはなかった。<br />
タカ君と一緒に人の助けになることをしたいと、活動に協力してくれる人がどんどん現れたのだ。<br /><br />
人間の感受性はものすごく敏感だと思う。<br />
言葉は通じなくても、相手が自分のことを考えてくれていると感じると、相手のことを思いやろうとする。<br />
尊敬を持って接していると、尊敬が返ってくる。<br />
これは旅をしていると肌で感じることだ。<br />
言葉はあまり通じなくても相手のことを大好きになってしまうことがたくさんある。<br />
そうした時、私達は本当に幸せを感じている。<br /><br />
お互いに尊敬しあう関係を築くこと、日本でだって難しいことを、異国の地でやってのけた彼の才能は、愛することだと思う。<br />
一緒に行動していても、タカ君が常に相手のいいところを見つけ、学び続けているのがわかる。<br />
人に対して、愛情を持っている。<br />
だから、いいところを見つけることが上手で、いいところが見つかると、自然に相手を好きになるから、たくさんの言葉を伝えようとするし、相手の役に立つことをしようとする。<br /><br />
そして、それが自分の幸せになってしまうから「毎日幸せだ」なんて言葉が生まれる。<br /><br />
人間関係で悩んだら、相手のいいところを見つけるために努力してみたらいいかもしれない。<br />
それはきっと自分の愛情を広げることにもつながるだろう。]]>
        
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    <title>幸せな出会いを生むアルファラット村</title>
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    <published>2009-08-23T18:16:44Z</published>
    <updated>2009-08-23T19:58:09Z</updated>

    <summary>シリアの青年海外協力隊隊員タカ君と出会い、「僕のもうひとつの家族に会いに行こう」...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>シリアの青年海外協力隊隊員タカ君と出会い、「僕のもうひとつの家族に会いに行こう」と連れて来てもらったアルファラット村。<br />アレッポから車で約１時間東に行ったところにあるマンベジという町の、さらに車で約３０分東に行ったところにあるのが、人口3000人くらいののどかなこの村だ。<br />電気やガスはあるが、水道はなく、乾いた大地に住み、男性のほとんどが生活資金を得る為に出稼ぎに町に出ているという。<br />１つの家族の子どもの数は、平均7人といわれていて、ほとんどの家族が10人くらいの大所帯。<br /><br />アルファラット村で訪れたのは、タカ君がアルファラット村の保健センターで活動している時に知り合った掃除夫さんの家。<br />お父さん、お母さん、3人の姉妹、2人の兄弟がいる。</p>
<p>私たちが行った日には親戚の女性も5人以上来ていて、とても賑やかだった。<br /></p>
<p>じつはこの日、タカ君の誕生日。</p>
<p>タカ君が彼ら家族に「お祝いをするからうちにいらっしゃい」と招待されていたのだ。<br />私達はそこに何の前触れもなく、一緒におじゃまさせてもらった。<br /></p>
<p>いきなり外人が家に来るというこの状況、いくら友達の友達とはいえ、迷惑なんじゃないだろうか。</p>
<p>しかもここはシリアの首都ダマスカスのように、外人の闊歩する観光地ではない。</p>
<p>もちろん、地球の歩き方にもロンリ-プラネットにも載っていないシリアの田舎の村。</p>
<p>外人なんて青年海外協力隊の人くらいしかこないだろう。</p>
<p>突然お邪魔したら、びっくりして戸惑ってしまうのでは・・・・・・。</p>
<p>でも、そんな予想は見事に裏切られた。</p>
<p>まったくの初対面、まるっきり部外者の私達を、その家族は「来てくれてありがとう！」と温かくもてなしてくれたのだ。<br />最初は少し緊張していた私達も、家族の笑顔と相手を思いやったおしゃべりにすっかり心を溶かされてしまった。<br /><br />初対面の人に対して、どうしてこんなに親切なもてなしが出来るのだろう。<br />彼らはまず人を悪く思ったりしないのだと思う。<br />自分達と同じ人間として尊敬を持って、接してくれている。<br />少し打ち解けると、相手を褒める言葉や「大好き」という言葉がすぐに出てくる。</p>
<p>彼らは私たちが旅人で、アルファラット村にもうきっと来ないということを知っている。<br />それなのに、どうしてというくらい優しくて、私は少し泣きそうだ。<br />お母さんは、私に「何色が好き？」と聞いて、私が「赤」と答えると赤いベルベットの生地でポーチを作ってくれた。<br />「これで、私達の家に来たことを忘れないでしょう？シリアに来たらいつでも戻っていらっしゃい」と言ってくれた。<br />せっかくシリアに来たのだからと、シリアの伝統的な衣装を着せてくれて、写真を撮らせてくれた。<br />娘のブトゥレちゃんは、私が何をするのにも手伝ってくれて、朝私が起きたのに合わせて自分も起きて、いろいろお世話してくれた。<br />13歳の日本人が同じことをできるなんてとても思えない。<br />ものがたくさんあるわけではないのに、子どもたちみんなが「私の宝物、私を忘れないでね」とキーホルダーや自分のアクセサリーをプレゼントしてくれた。<br />善意の塊のようなその行為に、私はすっかり参ってしまい、彼ら家族の皆が大好きという状態に2時間もしないうちになってしまった。<br /></p>
<p>一緒に連れてきてくれたタカ君が「お客さんが来ることはとてもうれしいことなんだよ」と教えてくれた。<br />確かに、彼ら家族と一緒にいると「来てくれてうれしい」という気持ちがびんびん伝わってきて、とても居心地が良い。</p>
<p>シリアで初めて出会った家族に、こんなに幸せな気持ちをもらうことになるなんて・・・・・・。<br /><br />そういえば、ここに来る前に出会ったイスラム教の博士も「ゲストを招くことほど、天国に近づくことはない」と言って、幸せそうに私達に食事を提供してくれた。</p>
<p><br />私も誰かを家に招いたら、心から喜んでもてなせるようになりたい。<br />それはお互いにとって、きっととても幸せなことなのだ。<br /><br />こんなことがあって、私はすっかりシリアの人を尊敬し、シリアが大好きになってしまった。<br />同じように、初めて出会った私達に、親切に、そして熱心にシリアを案内してくれたタカ君のことも大好きになってしまった。<br />出会いを喜ぶことは、きっと幸せな出会いを生む条件。<br />幸せな出会いは、幸せな未来を作っていく。<br />いつも出会いを喜べる人間、そういう人に私もなりたい。</p>]]>
        
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    <title>平和を導くイスラムの教え</title>
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    <published>2009-08-21T17:21:06Z</published>
    <updated>2009-08-25T04:06:53Z</updated>

    <summary>シリアに来て驚いた。 人の温かさ、柔らかな笑顔、もてなし上手で面倒見の良い人柄。...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
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    <category term="シリア" label="シリア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[シリアに来て驚いた。<br />
人の温かさ、柔らかな笑顔、もてなし上手で面倒見の良い人柄。<br />
なぜだか、シリア人は外人の私たちに対してとてもウェルカムで、優しい。<br />
家に誘い、お茶を出して、通りがかりの旅人に食事まで作ってくれる。<br />
何でなんだろうと、とても気になった。<br />
その答えのひとつが、イスラム教の教えらしい。<br />
シリアの優しい人々を導いているイスラム教、イスラム教は全ての正しい道を示しているのだと彼らは言う。<br />
日本では偏見ばかりが目に付いて、興味を失いがちだけれど、イスラム教のことを聞けば聞くほど、すばらしい教えが散りばめられていた。<br />
青年海外協力隊のシリア隊員とともに、私たちはマンベジという町のイスラムの宗教博士ムハンマド・ヤーセル・ムハンマド・フセイン氏のもとへ、インタビューに伺った。<br />
インタビューで聞いたこと、博士の答えた内容をそのまま掲載するので、これを読んでイスラムの教えの素晴らしさをちょっと知ってもらえたらうれしい。<br />
もちろん私はイスラム教徒じゃないけれど、学びたいところがたくさんあった。<br />
そして、今まで少しあった偏見の目をイスラム教徒に向けることがなくなった。<br />
これってすごい！人類愛に向けて私は強烈な一歩を歩んだと思う。<br />
世界にはいろいろな教えがあって、素晴らしい考え方もたくさんあって、それを実践できている人たちを、すばらしいなぁと素直に思ったのだ。<br />
長いインタビュ-の全ての問いに真剣に答え、笑顔を絶やさずもてなしてくれた博士と、長い時間、根気強く丁寧に通訳してくれたシリア隊員のタカに感謝します。<br />ありがとう。<br /><br />
とても長いインタビュ-なので興味のある質問のみを読んでいただいても構いません。<br />
イスラムに興味がある人もない人も、面白い内容だと思います。<br />
以下、インタビューの内容です。<br /><br />
１　イスラム教徒の生きる意味とは？<br />
「助けること。自分より他人を大切にすること。イスラム教徒は、こういったハサナ（イスラムの善行）を積むことにより、天国へ近づくことができる」<br />
２　イスラム教徒の幸福とは？<br />
「神と向かい合う幸福と、人と向かい合う幸福のふたつがある。神に向かい合う幸福とは祈りをささげること。人と向かい合う幸福とは、周りの人のために仕事をすること、家族を養うこと、子どもに教育を与えること、孤児に奉仕することなどがあげられる。神と人のために奉仕することにより、ハサナ（善行）が積まれ、天国へ近づき、自分も幸せになることができる」<br />
３　あなたの生きる意味とは？<br />
「二つの天国のために貢献すること。私が人々に教えることにより、この世を天国のような平和な世界にしたい。私が導くことにより、みんなが死んだ時に天国へ行き、平安に暮らすことができるようにしたい。人を導くことが、私の幸せであり、また自分もそれによりみんなと一緒に天国に近づいている」<br />
４　あなたの幸福とは？<br />
「周りの人が幸せを感じている時が、私の幸せな時。自分の利益より、他人の気持ちの方が大切だとコ－ランも教えている。人を愛することは神を愛することに似ていて、人を助けることは神に奉仕することでもある。」<br />
５　あなたにとって一番大切なことは？<br />
「イスラムの教えを知ってもらうこと。私達は天国という平和、幸福に近づくバスに乗って人生を旅している。それはイスラムの教えを深く知り、実行することにより乗ることのできるバスである。１人でも多くの人をこのバスに乗せることが私にとって一番大切なことだ。周りの人が、地獄に落ちると思うととても悲しい。１人でも多くの人と天国へ行く喜びを分かち合いたい。この世には、いろいろな悪事・事故があるが、イスラムの教えを知り、実行することによって、平和で幸福な世の中に近づいていくことができる」<br />
６　平和とは何か？<br />
「愛し合うこと。イスラムの言葉、アッサラーム・アレイコムはあなたの上に平安を、という意味がある。この言葉を掛け合う時、その人を思いやり、怖い思いを与えないようにしようと努力し、平和を分かち合うことが出きる。」<br />
７　どうしたら平和な世界になるのか？<br />
「平和の為には３つの重要なことがある。１つは神のために行動すること。なぜなら幸福を与えるのは神だから。１つは人は皆同じように愚かなところも持っているが、それを受け入れ尊敬し、好きになること。１つは協力し合い、お互いの持つお互いのいい所を出し合うこと。地球にある全ての知識を、地球の為に使っていくこと。」<br />
８　全ての宗教が平和を望んでいるのに、どうして世界は平和にならないのか？<br />
「皆、口だけで行動が伴っていない。軍人だけでなく市民も殺されている。自分だけが豊かだったら良いという考えを持つ人がいる。ヨーロッパとアフリカの関係がそれを物語っている。イスラムはお互いを平和にしようとしている」<br />
９　ビンラディンに対してどう思っているのか？<br />
「彼はイスラム教徒として正しい道を歩んでいない。軍人以外をイスラムは殺してはならない。9.11は悪いことだ。しかし、アルカイーダという組織は政治が作ったものであり、ソ連がアフガニスタンを攻撃したのに対し、アメリカが対抗して作った組織がアルカイーダの原型となった」<br />
１０　男性と女性は平等なのか？<br />
基本的には平等である。教育・宗教・巡礼・生活などについては平等であるべき。しかし、イスラムでは男性が、家、結婚、生活などにかかるお金を全て払う義務がある。そのため、遺産なども男の子どもに多く渡される。女性はお金を稼ぐ必要はない」<br />
１１　重婚が認められているが、女性の権利を軽んじていないか？<br />
「重婚とはセックスのためにするものではない。例えば離婚した母親に子どもがいたとしたら、それを１人で養うことはとても大変なことだ。彼女を新しい妻として家族に迎え入れることにより、彼女の負担も減り、子どもも安定した生活を送ることが出来るようになる。また、１人目の妻が病気になってしまい、家事や農業など働くのが辛くなってしまった時、もう１人の妻と結婚することにより、１人目の妻は労働から解放される。１人目の妻に子どもができなかったとき、彼女はその責任に辛い思いをするが、もう１人の妻がいたら、その責任は軽くなり辛い思いから開放される。家というシステムを考えた時、これは補助的で慈悲深いシステムである」<br />
１２　なぜ女性は重婚できないのか？<br />
「理由は３つある。まずはＨＩＶなどの感染症の拡散を防ぐ為である。もう一つは子どもの父親が誰かわからなくなると言う点である。もうひとつは女性は男性の家に通っていろいろな男性とセックスしたいとは思わないだろうという点である」<br />
１３　夫が重婚することにより生まれる女性のジェラシーについてはどう思うか？<br />
「夫が結婚もしないで、いろいろな女性と浮気をするよりもいいのではないだろうか。私達は家族をとても大切にするので、家族になったら女性同士も協力していこうと考えることができる。男性はまた、2人以上いる妻たちに優劣をつけてはならない。家も、子どもへの教育も、愛情をかける量も。もし、男性がイスラムの教えをきちんと理解せず、２人以上いる妻たちを平等に扱うことができないようなら、女性は男性と離婚する権利があり、また男性は天国にいけず、地獄に落ちる」<br />
１４　家族とは？<br />
「夫婦と子どもだけの小さな家族と、さらに夫妻の父母兄弟を足した大きな家族という考え方がある。もし、離婚したとしても、一度家族と言う関係になった人なら、その関係に終わりはない。父方の父母とは一緒に住むことが多い。一緒にすまなくても近くに住み、何度も会う。おじいちゃん、おばあちゃんが家に来るということは素晴らしいこと。だいたいの場合、妻の父母は妻の男兄弟と一緒に住むか、近くに暮らすが、もし男兄弟がいなければ、妻の父母も一緒の家で暮らすことがある」<br />
１５　シリアでは子どもの数が多いが、子どもとはどういう存在か？<br />
「親の教えを、子どもが受け継ぎ世界に広げ、世界の役に立つことができる。また年を取った親の面倒を見てくれる。子どもが生まれるのは素晴らしいことだが、数が多ければいいというものではない。計画的に子どもを生むほうが良いだろう」<br />
１６　子どもを育てる時に大切なことは何か？<br />
「教育。次に食事。コーランにもそう書いてある。」<br />
１７　最高の愛の表現とは何か？<br />
「大好きだと言葉で伝えること。次に相手の喜ぶ行為をすること。手伝いやプレゼントなど」<br />
１８　この世で一番大切な言葉は？<br />
「愛している」<br />
１９　この世で言ってはならない言葉は？<br />
「人を不愉快な気持ちにさせる言葉、けなす言葉は言ってはならない」<br />
２０　この世で一番大切な行為は？<br />
「お互いが笑顔であること。相手に親切であれば、いつもみんなが笑顔で幸せな気持ちでいることができる」<br />
２１　この世で悪い行為とは何か？<br />
「イスラム教徒でないこと。次に殺人、詐欺、不倫。イスラム教でないということは悪いことではあるが、宗教は自由であり、相手の行いによって尊敬したり、友達になることもできる」<br />
２２　異教徒に対してどう思っているのか？<br />
「知らない人という捉え方をしている。しかし、全ての人をイスラム教徒へ強制的に改宗させるのは良くないことだ。イスラム教のことを知って、好きになってもらいたい」<br />
２３　死んだらどうなるのか？<br />
「お墓で審判の日を待ち、審判の日になると大地が二つに裂ける。現世での行ないにより天国か地獄へ行く」<br />
２４　魂はあるのか？<br />
「魂があるので、天国でも地獄でも新しい体を持ち、新たな人生を歩むことができる」<br />
２５　天国はどういうところ？<br />
「目で見たり、耳で見たり、頭で想像したりできないほど素晴らしい世界。望んだ物は全て望んだ以上の姿で目の前に現れ、欲しい物はすべて手に入れることができる。不死で子どもを生むこともない。神様が天国で過ごしやすいような姿形を与えてくれる」<br />
２６　地獄はどういうところ？<br />
「５００℃くらいの灼熱の世界。常に飢えと乾きで苦しむ。火山が爆発し、火傷をする。鞭で叩かれる。しかし、傷ついた体はすぐに回復し、永遠に痛みや苦しさ、飢えや乾きから逃れることができない」<br />
２７　輪廻転生するのか？<br />
「この世での人生は一度きり。天国、地獄に一度行ったら他の場所に行くことはできない」<br />
２８　アッラーはどこにいるのか？<br />
「人間以上に偉大な存在を、人間に推し量ることはできない。最後の審判の時、私達の思考も拡がり神を見ることができる」<br />
２９　イスラム教とはなにか？<br />
「全ての正しい道を示している。世界を美しい天国へつなげている」<br />
３０　ラマダーンはどうして必要なのか？<br />
「ラマダーンを通して、世界の貧しい人達と同じ気持ちを味わうことができる。ラマダーンの最中は貧しい人にお金をあげたり、日が暮れたあとに食事を共にすることを奨励している。また、1ヶ月胃を休めることは、体のメンテナンスにつながる。ラマダーンの最中は、日の入りのお祈りが普段4回なのに対して、20回のお祈りをする。心を清め、さらにはいい運動にもなっている。イスラムは人が快適にリラックスして暮らすためにある教えなのだ」<br /><br />
以上、長いお話をしてくださったお礼を私たちが伝えた後に、博士は食事に自分の家へ招待してくださいました。<br />
そのときの一言が忘れられません。<br />
「人として美しい行為をアッラーは見て評価している。ゲストを招くこと以上に天国に近づくことはない。」



</pre>]]>
        
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    <title>エチオピアのコーヒーと貧困</title>
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    <published>2009-08-04T15:34:39Z</published>
    <updated>2009-08-04T15:38:24Z</updated>

    <summary>エチオピアに来てから、毎日コーヒーを飲んでいる。標高が高くて、夜は白い息が出るく...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[エチオピアに来てから、毎日コーヒーを飲んでいる。<br />標高が高くて、夜は白い息が出るくらい寒いから、コーヒーで体を温めたくなるのだ。<br />それにエチオピアはコーヒーが本当においしい！<br />ミルク入りのマキアート、日本よりおいしいのではだいだろうか。<br />こんなにおいしいコーヒーをそこらじゅうのカフェで飲むことができるのが、エチオピアの首都アディスアベバだ。<br /><br />しかし、アディスアベバを歩くと、カフェでコーヒーを飲む余裕なんて微塵もなく、路上で物乞いをしている人がたくさんいる。<br />貧富の差が激しい。<br />道路にはベンツが走っているのに、道路の脇では栄養失調からか、力尽きた路上生活者が倒れている。<br />この風景があまりにも普通で、倒れている路上生活者に声を掛ける人も見なかった。<br />貧しい農家から仕事を求めて首都にやってきてもエチオピアの失業率は８０パーセント。<br />仕事を見つけるのは本当に難しいだろう。<br /><br />おいしいコーヒーを作るコーヒー農家も例外ではなく、たくさんの農家が飢餓に瀕している。<br /><br />最近、映画「おいしいコーヒーの真実」が公開された。<br />日々、口にするコーヒーが、エチオピア農民の貧困の上に 成り立っているという告発的なドキュメンタリーで、生産地に配慮したコーヒーを消費者が選ぶ重要性を訴えている。<br />映画の舞台となった２００３年と０４年は、ベトナムコーヒーの増産などでコーヒー豆が世界的に供給過剰となり価格が大暴落した。<br />映画では、エチオピアのコーヒー農家が麻薬作物の転作に手を染める姿も描かれている。<br /><br />国民のほとんどが農業をしているのに、なぜ飢餓で苦しむ必要があるのだろうか。<br /><br />「緑の革命」はエチオピアに餓死者を増やした原因のひとつだ。<br /><br />大分前にテレビ番組「あいのり」でも「緑の革命」のことがとりあげられていて、そこでメンバーに、アベベック・ゴベナさん（エチオピアのマザーテレサと言われている人）がアフリカの貧困の原因を説明するシーンがあった。<br /><br />わかりやすいので、ここからあいのりのシーン抜粋↓<br /><br />「緑の革命。」<br /><br />ある日、先進国の人が貧しい国にやってきた。<br />先進国の人「今までより、たくさん作物が実る種を開発したんです。トウモロコシは2倍、小麦は3倍もとれるんですよ。どうです、これが『緑の革命』ですよ！」<br />貧しい国の大臣「うん、それは、素晴らしい話だ！」<br />こうして貧しい国は新しい品種の種を先進国から買った。<br />そして、政府から新しい種を手に入れたお金持ちの地主は、自給自足の生活をしていた人から土地を買い上げ、よりたくさんの作物を収穫するために、大農地を作った。<br />しかし、金持ちの地主「こんな広い土地に水や薬をまくにはどうしても機械が必要だ」<br />結局地主は、トラクターや散水車など高価な機械を購入。<br />そして農民たちに・・・<br />金持ちの地主「悪いけど、明日からもう来ないでくれ」<br />農民「え～！？」<br />土地を奪われた農民達は、仕事までも奪われてしまった。<br />緑の革命で農地改革を果たした先進国は更に自分達の思惑を通すべく、追い討ちをかけた。 <br /><br />アベベック・ゴベナ→「私たちアフリカの国々は先進国の嗜好品を作らされたのです」<br />　<br />先進国はアフリカの国々に自分達の食料を作る畑を潰させ、タバコ・ピーナッツ・カカオなどの嗜好品を集中的に作らせたのだ。<br />しかし、収穫された作物の買値は安く、アフリカの人達はどんどん貧しくなり、食べるものまで失ってしまったのだ。<br />メンバーはケニアのスラムでもたくさんの子供が飢えと闘う姿を目にしてきた。その背景には、多くの農家が紅茶作りに従事している事実もあった。<br />アフリカでは他にも、エチオピアでコーヒー、ギニアではパイナップル、ガーナではカカオ、セネガルではピーナッツなど・・・<br />ヨーロッパの為にアフリカの人達が、アメリカの為に南米の人達が、そして日本の為にアジアの人達があまりにも安い賃金で働いている。<br />アベベック・ゴベナ→「先進国の人達が嗜好品に囲まれた優雅な暮らしを送れるのは、貧しい国の人達が安い賃金で働いているからです」<br /><br />抜粋ここまで↑<br /><br />エチオピアで飲むコーヒーはおいしい。<br />こんなにおいしいコーヒーを作っているのに！と思うとなんだかいたたまれない気持ちになった。<br /><br />ＪＩＣＡがエチオピアの村民開発の一環でコーヒー生産者の支援をしていて、そこには最近日本企業の「生活の木」の社長がここを訪れたそうだ。<br />「生活の木」では企業の社会的責任という立場から、エチオピア産コーヒーのフェアトレードをはじめようとしている。<br /><br />エチオピアのコーヒーは日本にいっても十二分に通じるおいしさである。<br />いやいや、エチオピア人の味覚はコーヒーに関しては日本人以上にするどいかもしれない。<br />そうでなければ、別にコーヒー派でもない旅人の私達が一日に３回もコーヒー屋をはしごするはずがない。<br /><br />もし、輸入が始まったら日本でも気軽にエチオピアのマキアートが飲めるようになるだろう。<br /><br />日本でも気軽に飲んでいるコーヒーだけど、これまでコーヒーの生産者のことを真剣に考えたとはなかった。<br />アフリカに来て、実際に貧しい人をこの目で見てなかったから、きっとずっと気付かなかったかもしれない。<br />生産者がいないとおいしいコーヒーも飲めなくなってしまうのに、私達はこれまで本当に無関心に生きていた。<br />生産地に配慮したコーヒーを消費者が選ぶことが、直接貧困の解決につながっていく。<br />日本に住んでいても、遠くエチオピアを思いやることができるのだ。<br /><br />ちなみにエチオピアのコーヒーをフェアトレードをはじめている会社もあったので紹介。<br />http://www.phoenicia.jp/andromeda/index.html <br />]]>
        
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    <title>エチオピア　大自然と多様な文化に抱かれて</title>
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    <published>2009-08-04T15:25:40Z</published>
    <updated>2009-08-17T04:01:00Z</updated>

    <summary>私達日本人にとってエチオピアのイメージは決していいものではないと思う。 いろいろ...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="エチオピア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="エチオピア" label="エチオピア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[私達日本人にとってエチオピアのイメージは決していいものではないと思う。<br />
いろいろなボランティア団体がエチオピアのがりがりの子どもの写真を公開し、深刻な飢餓状態を救おうと訴えている。<br />
そこに写った子ども達はみすぼらしい格好をし、泥の小屋に住んでいる。<br />
だから、私にとってエチオピアのイメージはとても貧しい、砂埃の舞う荒地だった。<br />
<br />
だから私は驚いた。<br />
美しい自然、溢れる緑、色とりどりの鳥が舞う楽園さながらの大地。<br />
エチオピア、この高原には本当に豊かな生態系が息づいていた。<br />
南部では、バスの車窓から様々な種類の鳥や猿、鹿科の動物を眺めることができる。<br />
<br />
エチオピアの南部の少数民族を訪ねて旅していた。<br />
彼らは藁葺き屋根の家に今でも住みつづけているが、旅人を敬愛の心で迎える心の豊かさを持っていて、感動させられた。<br />
家にはいると、もてなしのためにわざわざ薪を燃やしてコーヒーを入れてくれた。<br />
そして、なんと快く泊めてくれたのだ。<br />
<br />
確かに家は質素だったけれど、日本人が持っていないものを彼らが持っているのではないだろうか。<br />
<br />
私たちの泊まったハマル族はみんな優しかった。<br />
<br />
そして、みんなが朝は太陽の光に溢れ、夜は無数の星が煌く自分の村を愛していた。<br />
<br />
私たちがどれだけ、自分の住んでいる土地を愛しているかわからないけれど、ここに住む人はエチオピアの土地が心から大好きなのだ。<br />
<br />
南部にはほかにも７０以上の民族と言語グループが存在しているらしい。<br />
エチオピアの民族は、驚くべき多様な文化を有している。<br />
北部にもキリスト教正教会のｱﾋﾞｼﾆｱ王国の古い伝統がある。<br />
<br />
エチオピアのアビシニアの大平原は、二つの巨大な高原台地上に位置し、真ん中が大地溝帯によって分割されている。<br />
東はソマリア、オガデンの灼熱の砂漠、西はスーダン、そして北はアフリカ大陸プレートがアラビア・プレートにぶつかるダナキル地方となっている。<br />
そこから標高は次第に上がり、半乾燥性の低地や所々に分散する熱帯林を経て、山地の森林、そして標高4000メートル以上のセミエン、バレ、グッギ山脈の斜面に位置する草原にいたる。<br />
そして、これら全ての地域に多くの固有動植物が分布している。<br />
エチオピアの生態系の多様性は、その文化の多様性に劣らず、アフリカ大陸では横に出る国はないそうだ。<br />
エチオピアはまさに大自然の宝庫なのだ。<br />
<br />
エチオピアに来た時、南部の民族も含め、マネーマネーと手を出してくる人が多かった。<br />
本当に絶え間なく金銭を要求されるため、何て旅しにくい国なのだろうと感じた。<br />
<br />
よく考えてみたら、旅人の落とす観光による現地の収入と言うのが地元の人には見えにくいのかもしれない。
<br />そして、アフリカの貧困とは先進国が生み出した物だと言う意識もあるのかもしれない。<br />
<br />
エチオピアは他のアフリカ諸国に比べ、観光ビジネスに遅れを取っているらしい。<br />
ツアー運営業者らは、観光ビジネスを個人の利益獲得の手段のみととらえる傾向があり、一部の地域では、地元文化の搾取につながってしまっているという。<br />
その結果、地元コミュニティーが疎外されてしまい、訪問者の体験が損なわれ、業界に悪影響を与えているというのだ。<br />
更にはコミュニティーが利益を受けるチャンスは失われ、観光は有益な効力ではなく、破壊的な影響を与えるものと化してしまう。<br />
このような現象は、特にエチオピア南部において見られているそうだ。<br />
<br />
そんな話しを聞いたのは、エチオピア南部のコンソという町だった。<br />
<br />
ここにはイチゴ畑エコロッジ（Strawberry Fields Eco Lodge, SFEL）と言う場所がある。<br />
ここでは、そういった悪い風潮に立ち向かおうとしているプロジェクトが行われていた。
<br />
SFELのねらいは、観光とコミュニティー発展活動を融合させ、コミュニティーが観光の利益を実感できるようにすることだそうだ。<br />
コミュニティーに根ざした文化体験プログラムにより、訪問者がより深く現地社会と交流することを促進している。<br />
じつをいうと、私はここに行っていない。<br />
コンソ最後の日に、このエコロッジのことを知ったのだ。<br />
私はエコロッジのパンフレットを見て、アフリカでこんなに頑張っているプロジェクトがあるのに感動してしまった。<br />
なにしろ、これは私の夢の一部なのだから！！<br />
本当は行ってみて、実際の様子を紹介したかったのだけれど、こればかりはしょうがないのでパンフレットの内容を紹介したい。<br />
<br />
一部抜粋↓<br />
<br />
コンソの人々は、勤勉な農民として知られ、 険しく露出した玄武岩が大地溝帯を東西に横断する地域に住んでいます。<br />
戦闘的な遊牧民に三方を囲まれているこの古風な趣のあるささやかな文明は、ボレナとオモ渓谷の乾いた荒地に降りて行く前の最後の定住農業地域となっています。<br />
コンソの土地は養分が乏しく、深く浸食された峡谷に切り込まれた急な斜面が特徴です。<br />
<br />
更に、降雨量は不安定です。<br />
このような厳しい条件が、アフリカで最もタフな農民と言われる人々を生み出しました。<br />
コンソは、何世紀にもわたりコミュニティーの労働力により作られた乾式工法による石造りの段々畑で有名です。<br />
地域一帯に広がる段々畑は、痩せた土壌でモロコシやモリンガ（Moringa）の栽培を可能にしています。<br />
その他、ハト豆等の豆類やキャッサバ等を間作し、降雨量が十分であれば、人々が必要なだけの食物をまかなえるのです。<br />
<br />
訪問者らが段々畑を登り、高地にあるコンソの村落にたどり着くと、現地の人々に、地元の言葉で挨拶し、地元の礼儀作法に従ってふるまいます。<br />
コミュニティーに根ざした活動に参加することで、訪問者らは草の根レベルの社会に収入をもたらすのです。<br />
<br />
SFELのねらいはそれだけではなく、持続可能な生活のための総合的な資源管理システムであるパーマカルチャーの研修も提供しています。<br />
パーマカルチャーには、栄養農園や苗床の設置、コミュニティーのニーズに沿った生産性ある農林業を含む再植林活動、種子バンクの運営、生態系保全と食料生産のための土壌改良等が含まれます。<br />
<br />
パーマカルチャーは、貧しい農村地区にとって、食料供給の不安定性と環境破壊という背中合わせの二つの災難に対応し、アフリカの女性にとって特に重要な不必要な労働という問題も解決してくれるのです。<br />
<br />
パーマカルチャーは、生命と生活を維持することを目的としており、干ばつと食料不足と闘争するコンソにとって、膨大な潜在能力を持っています。<br />
SFELは、エチオピアで最初のパーマカルチャー試験農場を提供しています。<br />
農場は、エコ・ロッジのレストランに新鮮で美味な食材を提供するだけでなく、地元のコミュニティーや団体、そして外国からの訪問者が参加できるパーマカルチャー研修プログラムの場でもあります。<br />
外国からの参加者が支払う研修費は、地元の人々が研修に参加するための資金となります。<br />
<br />
全ての参加者は、研修の過程で、自分のアイディアや経験を他の参加者らと共有するチャンスを持てます。<br />
SFELの専属講師であるティチャファ・マコベレ氏（Mr Tichafa Makovere）は、ジンバブエから来たパーマカルチャーの専門家であり、アフリカ南部のパーマカルチャー運動のリーダー的存在です。<br />
<br />
SFELは、毎月、72時間のパーマカルチャー・デザイン講座（有資格）を開催しています。外国人の参加費用は、13日分の食事・宿泊費込みで750ドルで、講座内容には、理論、実地研修、現地見学、参加型のデザイン実習が含まれます。<br />
<br />
SFELは、皆さんの参加を歓迎します。<br />
コンソのコミュニティーを訪れ、ユニークでいつも明るく、その素晴らしい文化を非常に誇りに思い、毎日の素朴な作業を達成することに労を惜しまない人々を知ってください。<br />
コンソは、驚異的な美しさと厳しい現実が背中合わせの土地です。<br />
SFELでは、開発活動家から少し地元に貢献したいと思っている観光客まで、どんな訪問者にでもコンソを楽しむチャンスを提供しています。<br />
「Ogado! 魅惑の地コンソへようこそ！」<br />
<br />
抜粋終わり↑<br />
<br />
というわけで、エチオピアを体験するにはものすごく興味深い場所のように思ったので、ホームページで紹介させていただきました。<br />
エチオピア、バスの移動では砂埃が常に舞い、人々はマネーマネーと手を出してくるけれど、この土地の大自然と文化の多様さには鳥肌が立つほど感動したのも事実である。<br />
アフリカを旅する人にはぜひ、エチオピアを肌で感じて欲しい。]]>
        
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    <title>ナイロビ ダウンタウン</title>
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    <published>2009-07-10T12:07:18Z</published>
    <updated>2009-08-17T04:20:47Z</updated>

    <summary>人でごった返す夕方、黒人の波に紛れてすすむ。 陽が落ちる前にホテルに帰らなければ...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="ケニア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="ナイロビ" label="ナイロビ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[人でごった返す夕方、黒人の波に紛れてすすむ。<br />
陽が落ちる前にホテルに帰らなければ危ないので、早足で。<br />
小学生くらいの女の子がほんのすぐ脇を通り過ぎた。<br />いくら人で溢れかえっているとはいえ、ずいぶん私の体すれすれに通っていったな、と少し不思議に思った。<br />
女の子が通った側の自分の体に目をやると、閉じていたダウンジャケットのポケットのジッパーが開いていた。<br />
確かに、絶対に閉まっていたはずなのに、ジッパーをおろされた感覚はなかった。<br />
それでも「やられた」と反射的に思って、目の前を見ると、私の横を通り過ぎていった女の子が仲間らしき男の子に戦利品を見せて舌打ちしている。<br />
<br />
私は女の子の肩を叩いた。<br />
「それ、私のでしょ」<br />
声をかけると、女の子は一瞬ビックリした表情になり、次にさも「拾ったのよ」というような表情で「あ、そうなの、ハイ」と手渡してきた。<br />
どこの世界に道端に落ちている「トイレットペーパー」を拾ってしまう子がいるだろうか。<br />
少女は私のポケットの中にお財布を期待して、まさか入っている物がトイレットペーパーだけだとは思わなかったに違いない。<br />
少女があまりにも素直にトイレットペーパーを、少し笑みさえ浮かべ返してきたので、私は怒ることもできなかった。<br />
<br />
ナイロビのダウンタウンにはスリが多いと聞いていたけれど、<br />自分が被害に遭うと、びっくりしてしまう。<br />
被害と言ってもトイレットペーパーだから、後で笑い話になってしまうのだけど、あんなに小さな少女がスリの常習犯だということは少しも笑えない。<br />
ぼろぼろのジャージを着て、キャップを深くかぶり目を決して人と合わせない少女がかわいそうに思えた。<br />
<br />
その日、私達はギゴンバマーケットという、世界で最大とも言われる古着の市場に遊びに行っていた。<br />
古着市場の手前には食べ物のマーケットが広がっている。<br />
食べ物がゴミの散らかった道路にそのまま置かれ、売られている。<br />
見渡すと、アフリカのスラムに広がるマーケットは他の国のどのマーケットよりも混沌としていた。<br />
ふと脇の建物に目をやれば、コンクリートは崩れ、窓は割れている。<br />
トタン屋根の家にぼろぼろの衣装を着た人達が見える。<br />
下水の設備が整っていないのだろう、いたるところで小便の匂いがする。<br />
<br />
ナイロビにはケニア中から労働を求めて人が集まってくる。<br />
東京と同じように、地方は過疎化がすすみ、都会に人口が過密する。<br />
お金を持たない人々はスラムにトタン屋根の家を建てるしかないので、年々ナイロビのスラムは広がっていて、それは国際都市として大きな問題となっている。<br />
年々、貧富の差が増すということは、犯罪が増える可能性を孕んでいるからだ。<br />
<br />
ダウンタウンから、リバーロードという道をこえていくと、スーツをパリッと着こなしたビジネスマンの闊歩する東京となんら変わらない光景があるのだから、その貧富の差は目に見えて辛い。<br />
<br />
犯罪が起きるのはダウンタウンに集中していて、旅行者が被害にあうのももちろんダウンタウンに集中している。<br />
人の少ない日曜日と夜は決して町を歩かないこと。<br />
これがナイロビの常識だ。<br />
ダウンタウンは悪の温床のようにガイドブックに書かれているが、実際には子どももまじめな市民も住んでいて、学校も病院もある。<br />
普通の人間の生活がここでもまた営まれているのだ。<br />
ダウンタウンの外の光景を目にしたりしなければ、うらやましいとも思わず、犯罪も起きないのだろうけど、なにしろ目の前に大都会と富が広がっているのだから、ダウンタウンに住む市民の焦燥は想像しがたい。<br />
快適な暮らしをしている人の前で、どうして自分達はこんなにも貧しいのか。<br />
<br />
悲しいなと思いながらダウンタウンのマーケットを歩いていた。<br />
途中、荷台に詰まれたマンゴーを買った。<br />
おじさんに「甘いのを選んで」というと、おじさんは一つのマンゴーをとりあげナイフで剥いた。<br />
が、その色が悪かったからか、もうひとつ、大きなマンゴーを取り上げて剥きなおして手渡してくれた。<br />
「大きいのは本当は高いんだけど、これはサービスだよ」<br />
おじさんの笑顔がまぶしかった。<br />
人に親切にするといい気分になるのは、どこの世界でもきっと一緒なのだ。<br />
マンゴーを齧ると、太陽を詰め込んだようなまっ黄色の果汁が口の中に溢れ、強烈な甘さが広がった。<br />
ものすごくおいしくて、驚いた。<br />
旅行中に食べたマンゴーの中で、一番印象に残っているのがナイロビのスラムで食べたマンゴーだ。<br />
<br />
犯罪を犯すこはもちろん悪いことなのだ。<br />
でも、そのお金がないと家族が飢えてしまうとしたらどうしたらいいのだろう。<br />
ダウンタウンは怖い。<br />
でも、それを生み出した社会の方が、本当はもっとずっと怖くて残酷だ。<br />
<br />
そして、この社会には、ナイロビの現実をを黙認している人々がいる。]]>
        
    </content>
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    <title>タンザニア 笑顔を生む条件</title>
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    <id>tag:smile-earth.com,2009:/diary//2.564</id>

    <published>2009-07-05T12:20:36Z</published>
    <updated>2009-08-13T12:30:51Z</updated>

    <summary>「飢えない程度のお金があったら、貧しくても日本よりこっちの人ほうが幸せだよ。暮ら...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="タンザニア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="タンザニア" label="タンザニア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p><br />「飢えない程度のお金があったら、貧しくても日本よりこっちの人ほうが幸せだよ。暮らしている人達の表情を見たらわかる」<br />タンザニアのモシという町で、青年海外協力隊の一員としてコンピュータを現地人に教えているおさむ君がそう言った。<br />心からそう思っているという、ほがらかな笑顔で言った。</p>
<p>心からそう思えるのは、すごいことだ。<br />お金よりもたくさんの笑顔が幸せの尺度だと、心から思えたら日本人の心はずっと軽くなると思う。</p>
<p>私も日本で仕事をしている時は、貯金がいくらだとか、車のローンだとか、子どもの教育費だとか、老後の心配だとか、年金のことだとか、お金の心配ばかりしていた。<br />日本ではそんな情報が溢れていて、お金という紙切れが大事、紙切れを得るために働くことが大事と思い込まされる。</p>
<p>笑顔になる回数だとか気にしている人、いるのかな。</p>
<p>お金がないと不安で、お金があったほうが絶対幸せだと思い込んでいるのが、日本人のほとんどじゃないかな。</p>
<p>仕事をしてお金を溜めて、将来は絶対こうなるぞっていう目標を持っている人も多い。<br />それはすごいことだけど、大切なことだけど、そのためにないがしろになっていることはないだろうか。</p>
<p>おさむ君は「日本の人は裕福になりすぎて、生きる意味をいろいろ考えすぎているんじゃないかな」というようなことも言った。<br />確かに一理ある気がした。</p>
<p>モシの人は生きることに一生懸命で、その日の家族と一緒にご飯を食べることだけ考えてるように見える。<br />将来の夢だとか、やり遂げたいことだとか、おそらく考える余裕はないけれど、いい笑顔で生きている。<br />毎日、仕事中だって、げらげら笑っている。<br />仕事中におしゃべりしたって叱る人はいない。<br />仕事中でも、しゃべるのが仕事だっていうくらい、どこの店に入っても店員同士でおしゃべりしていたり、お客さんと商売とは関係のないおしゃべりしていたり。<br />とにかく楽しそうだ。<br />日本人から見たら、仕事をまじめにやりなさい！って思うけれど、おしゃべりは人との関係を築く最初の一歩だ。<br />そう、彼らは人間関係を毎日築いている。<br />考えたら、日本ってそんな余裕がないな。<br />文化の違いだと言ってしまえば簡単だけど、もっと無機質で無感動な付き合いをいろんな人としている、それが日本の仕事現場じゃないだろうか。<br />そして、それはきっと仕事だけにとどまらず、家庭にもつながっている。<br />家族で心からの話し合いをする機会って、いったいどれだけあるだろう。</p>
<p>日本人よりずっと笑顔になる回数の多いモシの人達。<br />どう考えても、日本より貧しく、家にクーラーなんてないから、毎日暑くて汗だくになって暮らしているモシの人達。<br />家族で一部屋なんて当たり前、プライベートなんて何もない。<br />毎日一緒の部屋に暮らしていたら、恥も外聞もなく、本気でお互いをぶつけあって生きていかなくてはいけない。<br />でも、それが本当の人間関係を築くのには大切なことなのだ。</p>
<p>自分の生まれてきた意味を考えられる日本人は、ある意味ものすごく幸せだけれど、その分責任があり、大変なこともあって、何もかも器用にこなしていくのはとても難しい。<br />モシの人のように、ただその日を家族のために、友人のために生きていくことは、単純なように見えて、とても重要なことだ。<br />一番重要なことだ。<br />私は日本人だから、お金も大事で、将来の目標もものすごく大事だと思っている。<br />でも、ここに来て思ったのは、ただひたすら、人との付き合いを大切にしていくことが、何度も 笑顔を生む条件
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline">&nbsp;</span>だということ。</p>
<p>モシにはストリートチルドレンがちらほらいる。<br />町は比較的きれいだけれど、一歩奥に入ると、舗装されていない道路に草や木で作られた簡素な住宅が並んでいる。<br />ほとんどの家で農業をしている。<br />子どもも労働力となるせいなのか、お金がないせいなのか、おそらく両方の理由で学校に行っていない子どもも多い。</p>
<p>そんな田舎にある子どものための補修施設「子どもセンター」に行った時のこと。<br />机のない教室の床には、たくさんの子どもが座っていた。<br />一つの教科書を１０人くらいの子どもたちが囲んで、ノートに課題を書き写している。<br />教科書が１人１冊あるというのはとても恵まれたことなのだ。<br />ある子は、さかさまから教科書を覗き込んでいるけれど、不満を言う様子はない。<br />みんなで使うのが当たり前だと、みんな知っている。<br />勉強しなくていいのに、わざわざこの子どもセンターに来るのは勉強がしたいからなのだろうか。<br />それとも他の子ども達と会えるからなのだろうか。<br />わからないけれど、みんな一生懸命でかわいい。<br />課題が終わると、みんなでわいわい。<br />私達も混じって「幸せなら手をたたこう」をみんなで歌った。<br />彼らははじけるように笑っていた。<br />みんな友達を大切にすることを知っていた。</p>
<p>この「子どもセンター」は日本人の女性が運営している施設だ。<br />彼女もまた誰かのために毎日を生きている。<br />それは多分、本当に幸福なことなのだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-center" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 20px; TEXT-ALIGN: center" height="450" alt="P1030479.JPG" src="http://smile-earth.com/diary/picture/africa/P1030479.JPG" width="600" /></span></p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>孤児院最後の日 孤児たちと過ごした17日間を振り返って</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://smile-earth.com/diary/2009/07/000433.html" />
    <id>tag:smile-earth.com,2009:/diary//2.433</id>

    <published>2009-07-03T13:30:54Z</published>
    <updated>2009-08-05T13:23:53Z</updated>

    <summary>今日も子どもは、未来のために一生懸命勉強し、生活のために一生懸命働き、生きるため...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="ウガンダ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="newtopia　" label="NEWTOPIA　" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>今日も子どもは、未来のために一生懸命勉強し、生活のために一生懸命働き、生きるために笑顔で遊び、小さな失敗をして怒られ、とにかく精一杯動き回っていました。</p>
<p>孤児院では、できる範囲の修繕が終わり、壁へのペイントが終わりました。<br />壁の一面には世界地図とウガンダの地図を描き、子どもたちが楽しみながら覚えられるようにしました。<br />毎日、たくさんの子どもが見てくれてます！！<br />うれしい！！</p>
<p>ここでは孤児達の生活に寄り添って過ごし、気付いたことがたくさんあった。<br />孤児院の子どもたちは、自分たちの生活のため、各自、洗濯・掃除・料理・畑・破れた服の修繕・水汲みなどの仕事が割り振られていて、勉強以外にもやることがたくさんあり、毎日忙しく動いている。<br />生徒にとっては、毎日の何気ないことなのかもしれないが、私から見たらとても毎日なんて出来ないことだらけだった。<br />電気やガス、水道がないということは、何事にもものすごく時間がかかるということだ。<br />料理をするのも、洗濯をするのにも、掃除をするのにも、畑に水をやるのにも、水汲みからしなければならないのがどいうことなのか、ここで生活をして知った。<br />日本ではこんなに時間も手間もかかる大変なことはない。<br />なのに子どもたちは不満を言うことなく、一生懸命に働いている。<br />仕事に時間がかかるし、勉強もあるから遊ぶ時間は、日本の子どもよりずっと少ない。<br />そんな中でも子どもたちは自分なりに、自分は面倒を見てもらっているという意識があり、新米ボランティアの私たちにもとても気を利かせて、何かあるとすぐに手伝ってくれる。<br />日本から来たからか、余計子どもたちが健気に見えるけれど、ここでは当たり前のことをしているだけ。<br />環境が違うってものすごく大きい。<br />日本の子どもたちよりずっと自立していて、相手を思いやる心が育っている。<br />便利な世の中で、助け合う気持ちを育てるにはどうしたらいいのか、ここにいて考えさせられた。</p>
<p>具体的に子供たちの仕事を挙げていこう。</p>
<p>例えば料理、まずは薪が必要。<br />これは孤児院に併設された学校に通う生徒が、木の枝を持ってくる。<br />持ってこなかったらお尻を木の棒で叩かれるので、みんな大きな枝を抱えてくる。</p>
<p>次はこの薪となる枝を、かまどの大きさに合わせてポキポキと折っていく作業。<br />木の中にはとげとげの木もあり、生徒が手を切るのは日常茶飯事。<br />私も血を流しながら枝を折るのを手伝った。<br />小さな子が手を切ってしまう様子がかわいそうなのだけど、彼らはそんなこと気にも留めないみたいだ。</p>
<p>薪の用意が出来たら、直接、薪に顔を近づけて、火を大きくするために息を吹きかける。<br />このときに出る煙が目に入り、子どもは涙を流しながら火を起こす。<br />この煙は煙突もあるのだが、処理しきれず、料理中ずっとキッチンは灰色に煙っている。<br />灰色の煙の中、ポショ（タンザニアやケニアではウガリというトウモロコシの粉と水を混ぜた物）を練り、スープを用意するのは本当にきつい。涙も咳も止まらない。</p>
<p>このキッチンもっとどうにかしてあげられないのだろうか・・・・・・。<br />ウガンダの家はみんなこうなのかな・・・・・・。</p>
<p>いろいろなことを考えたが、今の私には料理を少し手伝うことくらいしか出来ない。<br />ウガンダの家ではやっぱり煙が溜まらないように、屋根が無かったり、屋外だったりというところもあるらしい。<br />ただ、薪が完璧に乾いていると、辛い煙も少ないようで、薪が濡れないように管理することもとても大切だそうだ。</p>
<p>いずれにしても料理には2時間から3時間かかり、この間に吸い込む煙の量を考えると、健康面は大丈夫なのかと心配になってしまう。<br />私もキッチンに出来るだけ生徒と一緒にいようとしていたけれど、途中何度も、キッチンの外の空気を吸いに顔を出さなければいられなかった。<br />もし、私がこの仕事を毎日しないといけないとしたら、考えただけで相当きつい・・・・・・。<br />子どもたちは不満も言わずに、当たり前のこととしてがんばっている。<br />小学校1年生くらいから、彼らはこういう環境で料理を作る。<br />すごいなぁ・・・・・・。<br />作業も薪の係り、水汲みの係り、野菜を畑から採ってくる係りと、採ってきた野菜を切る係りと、料理を任された生徒同士で相談し、分担しているのだから、しっかりもしている。<br />えらいなぁ。</p>
<p>と、料理だけで、私には苦労することだらけ、生徒には感心することだらけなのだ。</p>
<p>掃除は木の枝で箒を作るところからはじまる。<br />身近にあるものを生活の中でたくさん活かしているのだ。<br />その後は、掃いて、拭いてと、小学校の掃除を思い出す。<br />掃除機なんて便利な物は電気も無いので当然ない。<br />水も使える量は限られているから、雑巾は全面使い尽くす。<br />これも大変だけど、彼らには毎日の当たり前の作業。</p>
<p>洗濯には往復1時間かけて持ってくる湧き水を使う。<br />水曜日と日曜日が洗濯物の日、孤児20人分の着替えをいっぺんにするのは重労働。<br />たらいの中で石鹸を使って洗う。<br />子ども達はたくさん遊ぶから、砂だらけでぼろぼろの洋服を丁寧に洗っていく。</p>
<p>シャワーは大きな樽に入れた水をみんなで分けて使う。<br />ちなみに私達日本人は1日5リットルシャワー用の水がもらえるが、子ども達は体が小さい分、使える水ももっと少ない。<br />それをみんなで上手にわけあって、体と頭を洗うのは大変な作業だ。<br />きちんと洗わず頭に白カビが生えてしまう子もいる。<br />そういう子は、しっかり洗っているかを見張って、洗い方が雑だったら一緒に髪を洗ってあげる。<br />そんなこともあるから、女の子も含めて、ほとんどの子が頭をつるつるに剃っている。<br />水が貴重、水が少ないってこういうことをいうのだ。</p>
<p>私は子ども達と一緒に生活することを通して、アフリカの人たちの生活の、私達の生活から比べた大変さを知ることが出来た。<br />そして、その中で子ども達が、責任を持って仕事し、思いやりを持って助け合っている様子を見ることが出来た。<br />言葉にすることは難しいが、私はそんな子ども達がとても誇らしいと思う。<br />そして、もう少し、もっと何かしてあげられなかったものかと思うのだ。<br />かといって、もっと他の援助を考えられたかというと、今の私にその実力は無い。<br />もっとたくさんのものを知り、勉強して、もっと彼らの役に立てるようになりたい。<br />アフリカで実現可能な農業だったり、灌漑だったり、植林だったり、料理だったり、もっともっと知って行きたいと思った。</p>
<p>子ども達は今日も、自給自足を目指して、畑を耕し、鶏に餌を与え、頑張っている。<br />孤児院では、みんな分担で生活のための仕事を持っているから、中学校（孤児院は幼稚園と小学校のみ併設していて、中学生になると地元の学校にお金を出して通わせている）に孤児院から通っている子ども達は部活をすることも、放課後遊ぶことも出来ない。<br />かわいそうだと思う。<br />部活って日本では当たり前にみんなが参加できるものだけれど、ここではそんなことは少しも当たり前なんかじゃない。<br />彼らがここで生活していくには、部活動よりも生活のために働くことが必要なのだ。<br />そうしていくしかない。</p>
<p>もちろん、子どもらしい姿だってたくさん見ることができて、授業の合間にある休み時間のはしゃぎようはすごい。<br />力いっぱい元気に走り回って、笑顔を降りまき、全力で抱きついてくる子どもはやばいくらいかわいい。<br />やっぱり子どもは子どもなのだなぁと思うし、この子達の未来もこの元気な笑顔に溢れていて欲しいと心から思う。<br />体育やお絵かき、レゴの授業はみんな生き生きしていてとても楽しそう。<br />疲れていても、がんばろうと思ったのは子どもの笑顔に支えられたから。</p>
<p>朝早くから起き、仕事をし、学校で学び、仕事をし、夜御飯後の就寝前は、暗い中にランプで灯りを取り、自習している。<br />ランプの光では暗いから、目が悪くなるのではと心配してたけど、ろうそくの光で勉強する子も多いから孤児院の子どもはまだめぐまれているという。<br />私たちには当たり前のことが、こんなにも当たり前じゃない世界があるのだと思い知った。<br />こんな大変な生活をしている子ども達が日本にいるだろうか。<br />たった17日間だけど、毎日見ていたから、彼らの未来が明るいことを強く願っている。<br />そしてこれからも子どもたちの素敵な笑顔が続くよう、ずっとこの施設の応援をしたいと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>追記・・・・・・もし、読んでいる人の中でこういう場所で役立ちそうな技術のある人がいたら、ぜひ教えて欲しいです。<br />そして、機会があったらニュートピアで活かして欲しいです。</p>
<p>生活は日本とは比べ物にならないくらい、不便で大変だったけど、アフリカの人の半数以上がやっぱり電気もガスも水道も無い暮らしをしていることを思えば、アフリカの体験ができてよかったと思う。<br />それに、毎晩満天の星空に流れ星を探し、クリスマスツリーのようにピカピカ光る蛍を見つめ、何より子どもの笑顔とともに生活できたことは、本当にすばらしい体験になった。<br />子どもの笑顔にたくさんの勇気と元気と未来への責任感を教えてもらって、ウガンダでは本当にいい経験ができました</p>]]>
        
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    <title>世界地図を描く過程</title>
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    <published>2009-07-03T13:05:26Z</published>
    <updated>2009-08-05T13:26:11Z</updated>

    <summary>お世話になった施設、ここニュートピアに世界地図をプレゼントすることにした。と言っ...</summary>
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        <name>あおい</name>
        
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    <category term="ウガンダ" label="ウガンダ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>お世話になった施設、ここニュートピアに世界地図をプレゼントすることにした。<br />と言ってもこれが結構大変で・・・。</p>
<p>何が大変って、世界地図がどうのこうの言う前に、壁に下地のホワイトを均一に塗るのができない・・・。</p>
<p>そんなこと今までやったことない素人の集まり。試行錯誤やっていくしかない。</p>
<p>何となくうす～く、うす～く何度も塗ればいいんじゃない？」なんてことを言いながらの作業。</p>
<p>実際、プロはどのぐらいの量のペンキを何回塗るのだろう？全くわからない。今までなら「ちょっとネットで調べてみようか～」なんて簡単に言えたけど、ガスも水道も電気もないこの場所でインターネットなんてものがあるわけがない。</p>
<p>とにかくやるしかない。</p>
<p>作業する人が変わる度に、ペンキをつける量やローラーの使い方が変わってしまうので、それを統一化しなければならない。</p>
<p><br />ボロい壁。</p>
<p>均一にならない・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>難しい・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大苦戦の上、何とか下地は終了。</p>
<p><br />次は下書き。これもまた・・・。</p>
<p>まず何が辛いって、日差し。午後になると後ろから鬼のような日差しが刺してくる。そして、下地を真っ白に塗った壁からは照り返しの熱と光が俺達を襲う。</p>
<p>まぶしくて下書きの線が全然見えないし、暑くて焦げそうだし。</p>
<p>そして似顔絵世界一周の黒木君、2日目で熱射病ダウン・・・。</p>
<p>せっかく来てくれたたのに何しに来たかわからなくなってしまった。笑</p>
<p><br />でも彼の死は無駄にしない。彼のお陰でこまめに休憩をとりながら作業を続けることを学んだ。</p>
<p>そんな感じで作業は続き、壁にペンキで絵を描いていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>作業中の話し合いで、代表の方に「せっかくキレイにやってもらってるから子どもたちにはなるべく触らせないでくれ」と言われたんだけど、<br />子どもたちにも少しずつ手伝ってもらった方が地図に愛着を持ってもらえるだろうし、大切にしてもらえると思って、こっそり手伝ってもらった。</p>
<p><br />みんな楽しそうにやってくれて何より。バレたら怒られそうだけど笑</p>
<p><br />そうこうしているうちに完成してしまいましたよ世界地図が！！</p>
<p><br />ウガンダ地図も世界地図の横に描いたよ！！<br />地図の上には国旗の意味が書いてあるの。</p>
<p><br />いや、試行錯誤のチンプンカンプンだったけど、完成品はかなり気に入ってます。<br />正直こんなに上手くできるとは思ってなかった笑</p>
<p>愛情込めて、みんなで力合わせた結果だね。お疲れ様でした。</p>
<p><br />ちなみに俺のお気に入りは、黒木君が描いた下を向いてしまったネガティブなモアイ。</p>
<p>愛嬌たっぷり。</p>
<p>他にもパンダがいたりコアラがいたり、主要な川や山、サンタもいます。</p>
<p><br />完成した地図は休み時間の度に子どもたちが集まってくれて、質問攻め。</p>
<p><br />本当やってよかった。</p>
<p>やっぱこの瞬間が一番嬉しいね。</p>
<p>ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました！！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>壁の地図制作過程の写真はブログ<a href="http://yosshi.smile-earth.com/?eid=1209896">http://yosshi.smile-earth.com/?eid=1209896</a>見てください!<br />ホームページの写真集NEWTOPIAにも壁の写真をアップしています。<br />見てください。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>Tシャツの のお金の使い道 IN ウガンダの孤児院NEWTOPIA</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://smile-earth.com/diary/2009/07/000422.html" />
    <id>tag:smile-earth.com,2009:/diary//2.422</id>

    <published>2009-07-03T12:23:10Z</published>
    <updated>2009-08-05T13:30:55Z</updated>

    <summary>スマイルアースプロジェクトのお金の使い道が一部決まりました。それは、孤児院の経営...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
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        <category term="ウガンダ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="newtopia" label="NEWTOPIA" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>スマイルアースプロジェクトのお金の使い道が一部決まりました。<br />それは、孤児院の経営する学校の修繕と塗装、さらに壁の一面に世界地図を描くことです。<br />なぜここでお金を使うことに決めたのか、葵が学校修繕と塗装の理由、よっしーが世界地図を描くことになった理由を書きました。</p>
<p><br />[孤児院の経営する学校の修繕と塗装をする理由]</p>
<p>現在かまうさんという日本人のかたが一人で、この孤児院と学校を運営しています。<br />ただし、援助がほとんどなく、このままでは孤児院の経営自体があぶなくなっています。<br />かまうさんは２０年間、ウガンダで孤児院を運営しています。<br />アフリカをどうにかして救いたい、ずっとそんな熱い思いを抱え、本当に長い間ひとりでがんばっている方です。</p>
<p>１年に一度日本に出稼ぎに行き、そのお金でウガンダの子どもの援助をしています。<br />ただ、もうすでに高齢のため、出稼ぎにいっても仕事がみつからなくなってしまいます。</p>
<p>孤児院を存続させるためには、一緒に運営している学校に生徒を集め、お金を得る必要があるそうです。<br />もちろん孤児たちの養育費、教育費はかまうさんが持っているので、孤児たちから学費をとることはできません。<br />よその村の学校や、国境の近いタンザニアから生徒を呼ぶことができたら！というのが今の願いです。<br />そのためには年季が入り、ぼろぼろになってしまった校舎をきれいにする必要があります。<br />校舎が汚いせいで、こんなぼろぼろの学校は信用できないと、父母に言われることがあるそうです。</p>
<p>かまうさんは非常に教育熱心な方で、貧しいアフリカを変えるような子どもを育てたいという素敵な夢を持ち続けています。<br />しつけは厳しく、そのおかげで孤児たちの自立心が強いです。<br />よく働き、よく学び、人を尊重することのできるすばらしい子どもたちが育っています。</p>
<p>この学校でたくさんの子どもが学んでくれたら、アフリカの未来もきっと良くなる、一緒に暮らしてみて心から思いました。</p>
<p>ここには電気もガスも水道もなく、本当に貧しいけれど、豊かな緑があり、未来のある子どもたちがたくさん暮らしています。<br />孤児たちには学校がなくなったら、未来の選択肢がありません。<br />日本に生まれた私たちには、たくさんの選択肢がありました。<br />でも、彼らは生まれたときから貧しく、教育を受けなければ物乞いになるしかありません。<br />仕事なんてウガンダにはほとんどありません。<br />５歳以下で死ぬ確立が２０パーセント以上です。<br />だからウガンダ人は子どもをたくさん生み、生き残った子どもに自分の面倒を見させています。<br />ここでは大人が偉く、ほとんどの子どもは大人の使役の対象だそうです。<br />３歳くらいの女の子を父親がレイプすることもめずらしくないそうです。<br />そんな中で育つ子どもは、かわいそうを通り越して悲惨です。<br />こういうことが当たり前の世界だと、子どもたちに思ってほしくはありません。</p>
<p>子どもたちに未来の可能性を残してあげたい、そんな思いで、校舎を修繕し、きれいにさせていただくことにしました。<br />校舎がきれいになることで、生徒が集まり、学校の運営、孤児院の運営が続いていくことが私たちの願いです。</p>
<p>葵</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>[世界地図をプレゼントした理由]</p>
<p>ウガンダの孤児院生活。<br />寄宿生の子どもたちは皆、両親がいない。<br />それなのに何で？というぐらいに明るい子どもたちばかりだった。<br />そう思わせているのもこの学校のステキなところだと思う。</p>
<p>この子たちのために何ができるだろうか？</p>
<p>そんなとき、学校の壁をもっとキレイにしようか？何てことを漠然と言っていた。<br />ウガンダでは見栄っ張りの人が多く、やはりキレイなところというのは人も集まりやすいとのこと。<br />さらに英語が国語となっているウガンダでは、スワヒリしか話せないタンザニアから留学生も期待できるとのこと。<br />タンザニア国境から２０キロほどしか離れていないこの場所ではその期待値も高い。<br />学校の運営が経済的に厳しいなんて話しも聞いていたことから経営側としては、壁の修復はかなり重要なポイントのようだった。</p>
<p>でも、なんかなぁ・・・。</p>
<p>学校の運営ってのは当然一番重要なことで、それがなくなったときに残された子どもたちはどうなってしまうのか？と考えたら学校の見栄えをよくするってのは必要な経費だと思う。<br />それはよくわかるんだけども、もうちょっと子どもたちの笑顔に直接的に働きかけるようなことがしたい。<br />正直、お金を出すことは簡単だけれど、プラスアルファで何かをしてあげたい。</p>
<p>それが素直な感想だった。</p>
<p><br />でもどうしようか？？</p>
<p><br />そんなときに長期滞在のボランティアさんからたまたま何となく聞いた話し。</p>
<p>「前にさぁ、アフリカの地図を見ながら子どもたちが『うちの学校どこ？？』って聞いてくるんだけど、アフリカの地図をウガンダの地図と勘違いしてて、その後もローカルなこと聞いてくるんだよね～。結局全部同じとこ指差すしかないんだよね～。</p>
<p>なるほどね。</p>
<p>ある程度大きな子は勉強してるかもしれないけど、そうでない子は地図なんてまともに見たことないんだろうな～。<br />自分がどこにいるかもわからない。頻繁にやってくる日本人がどこからやってきた何者かもわからない。<br />知っている国はサッカーが強い国とウガンダの周辺国。<br />そんな様子だった。</p>
<p>それでも地図を見せたらそれだけ食い付いてくるってことは、子どもたちはもっといろいろ知りたいんじゃないかなぁ？</p>
<p>こんだけ外国人（日本人）が来る施設だし、小さいうちから海外に興味を持つってことは子どもたちにとってもいいんじゃないかな？</p>
<p><br />じゃぁ、世界地図描くか。</p>
<p><br />壁一面に飛び切りデカイやつ！！</p>
<p><br />見た目にキレイで、世界のことがちょっとでもわかるようなやつを描いてプレゼントしたら喜んでもらえるんじゃない？？</p>
<p>さらに嬉しいことにこの話しを進めている途中にＮＨＫ地球アゴラでご一緒させてもらった「お絵かき世界一周」の黒木君がここで合流してくれた。<br />彼も「いや～俺メモ帳に鉛筆でしか絵描いたことないから壁になんて描けるかな～」なんて言ってはいたが、彼が来てくれたことで俺達のモチベーションが一気に上がったことは間違いなかった。</p>
<p>と言うわけで、みんなが俺達に預けてくれたお金、ここで使わせていただきました。</p>
<p>大量のペンキと刷毛、ローラーを購入させていただきました。</p>
<p>それらを使わせていただいて、一つの形にしてきました。</p>
<p>描いている途中から、「あれ何？」「これ何？」「ウガンダどこ？」「日本どこ？」と壁の回りに集まってくれる子どもたちがたくさんいたことが本当に嬉しかった。</p>
<p>少しは役に立てたかな？？</p>
<p>Ｔシャツ、ポストカード等を購入していただいた方々、寄付を下さった方々、本当にありがとうございました。</p>
<p>これからも応援よろしくお願いします。</p>
<p>よっしー</p>]]>
        
    </content>
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    <title>世界一周で見つけたこと</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://smile-earth.com/diary/2009/05/000405.html" />
    <id>tag:smile-earth.com,2009:/diary//2.405</id>

    <published>2009-05-29T19:23:56Z</published>
    <updated>2009-05-30T02:40:31Z</updated>

    <summary>世界一周で見つけたこと 世界一周を通して思ったことがある。 それは笑顔の周りには...</summary>
    <author>
        <name>あおい</name>
        
    </author>
    
        <category term="SMILE　EARTH　PROJECT" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://smile-earth.com/diary/">
        <![CDATA[<p>世界一周で見つけたこと</p>

<p>世界一周を通して思ったことがある。<br />
それは笑顔の周りには笑顔が集まるということ。<br />
旅という非日常にいるからだろうか、感性がとても敏感になる。<br />
旅という非日常にいるからだろうか、自分の思いを率直に伝えてもいい空気が溢れている。<br />
思いの重なるメンバーが自然につながっていく。<br />
笑顔が素敵な人たちが好きで、人の笑顔につながることをすることが好きだ。<p/>

<p>SMILE　EARTH　PROJECTとしてシャツの売り上げでカンボジアのフリースクールにトイレをプレゼントした時も、<br />
インドの学校に写真のパネルをプレゼントした時も、いつも2人じゃなくて、誰かが協力してくれた。<br />
元を辿れば、ホームページを作ってくれたしょうちゃん、Tシャツのデザインをしてくれた彬君、Tシャツの販売をしてくれたつかさ君、ゆうきさん、ありがとうございます！！<br />
そして、Tシャツを買ってくれたみんな、愛センターのあいさんや先生方、インドで一緒にパネルを作ってくれたサンタナのお客さんたち、みんながいて、本当に良かった！！</p>

<p>いろいろな国を旅して、笑顔に出会い、幸せをもらった。<br />
国境、世界には物理的な境がある。外国の人、そこには心理的な境がある。<br />
でもね、旅をして、その国の人間と友達になって笑顔でつながってみたら、そこに国境なんて関係なかった。<p/>

<p>世界中で、様々な色の花が咲き、草木が萌え、鳥が舞う、さまざまだからこそ、豊かな自然の美しさに感動した。<br />
世界中で、様々な人が、自分の国の言葉を話し、文化と伝統を受け継ぎ、いろいろな考えを育てていることを知り、<br />
人のつながりには豊かで無限の可能性があるのだと感動した。<br />
そんな中で、人それぞれに尽くし、助け合い、笑顔が生まれたら、それはどんなに素敵なことだろう。<br />
世界が笑顔でつながったとき、それはどんな幸せを呼ぶのだろう。<br />
SMILE　EARTH　PROJECTは止まらない。<p/>

<p>旅するということは笑顔の仲間をみつけるということ。<br />
旅するということは何に自分の心が反応するかを知って、自分の道を探すこと。<br />
旅するということは国境の関係ない友達を作り、世界を平和に近づけること。</p>

<p>あなたの笑顔を広げよう。</p>]]>
        
    </content>
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