愛センター最後の日、夕方6時半。あと1時間でここでの生活が終わる。
授業が始まる前から俺はもう感極まってしまってどうしようもない状況。
予想通り情けない・・・。
最後の最後、一番頑張らなきゃいけないところなのに声が出ない。声を出した瞬間に胸の中が爆発してしまいそうで、引きつった笑顔を作っておくのが精一杯だった。
授業が始まった瞬間、生徒達の「せんせい、こんばんわ~」の号令を聞いた瞬間にその全てが壊れた。
いきなりの退室。未完成のトイレの前、1人で大号泣。
どう考えてもこの状況であと1時間はもたない・・・。
教室では生徒達が俺達にメッセージをくれている。それがこの場所まで何となく聞こえてきた。
葵は今、1人でそれを聞いている。
戻らなきゃ・・・。
キツいけど戻らなきゃ・・・。
生徒達は、日本語や英語で一生懸命、俺達に言葉をくれた。
「せんせいがきてからほんとうにまいにちたのしかったです。」
「からだにきをつけて、これからもがんばってください。」
「まいにちハッピーでいてください。」
「トイレ、ありがとうございました。」
「ぜったいまたカンボジアにきてください。」
そして葵ちゃん、大爆発で退室・・・。
1人になった俺は生徒達の目を見てあげられなかった。
あんなに一生懸命メッセージをくれている生徒達にちゃんと言葉を返してあげられなかった。
ただその生徒の目を見ていることが精一杯だった。
ここに立っているのが辛かった。
「わたしは、あまりにほんごをはなせませんから、あんまりおはなしできなくてごめんなさい。でもやくそくします。こんどせんせいがカンボジアにもどってくるまでにもっとべんきょうして、もっとおはなししたいです。だからぜったいまたきてください。」
ある生徒が日本語でくれた言葉。
お前、そんだけ日本語で喋ってたら十分だよ。俺なんか、クメール語なんて全然できないよ。簡単な挨拶と簡単な数字しかわからないんだから。もっとクメール勉強すればよかったね、ごめんな。
俺は結局、この1時間泣きっぱなし・・・。
本当にいい学校にお世話になったと思う。
みんな素直ないい子で、誰一人として憎たらしい子なんかいない。
そもそも俺は教育のプロフェッショナルでも何でもなく、ボランティアとして参加したものの、彼らに何も教えてあげることができなかった。
毎日、教えられてばかりだった。
それでも子供達は「せんせーせんせー」と呼んでくれた。
ほんとにほんとにありがとう。
俺は、自分の身を削ってまで人のために何かできるほど大きな人間じゃない。
ボランティアって言ったって、自分の経験のために参加してみたかった部分がかなり大きい。
「人のためにがんばる!」というよりも、そのあとに言ってもらえる「ありがとう」を期待していた。
誰かに頼られてる感覚や、何かを成し遂げた達成感を味わいたかっただけだった。
こんなことを言ったら、本気でボランティアしている人に怒られてしまうかもしれない。
でももし、「ありがとう」という言葉や、それに代わる心の見返りがないところで俺はボランティアなんてできるのだろうか?
それは正直、不安なところだ。
今回、お世話になったフリースクールでは、十分過ぎる程の心の見返りがあった。
子供達は俺達を必要としてくれたし、その元気な姿に俺達はいろいろな感情をもらった。
別れの際、泣いてくれた子もいた。
いつもは攻撃をしてくるのに、最後はその小さな手でギュッと抱きしめてくれた子もいた。
「ボランティアをする」というと「やってあげる」的な少し上から目線になってしまうのかもしれないが、俺達はそんなに偉いもんじゃない。
今回それをよく理解できた。
見返りを求めている以上、俺達がこの学校でしてきたことは本当の意味でのボランティアではなかったのかもしれない。
トイレを作ったことがボランティアではないのかもしれない。
でもね、子供達や先生方とみんなで一緒に「笑顔の共有」が出来たことには心から満足してるし、誇りに思う。
これからも一つでも多くのステキな出会いをしていきたい。



