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エチオピアのコーヒーと貧困

エチオピアに来てから、毎日コーヒーを飲んでいる。
標高が高くて、夜は白い息が出るくらい寒いから、コーヒーで体を温めたくなるのだ。
それにエチオピアはコーヒーが本当においしい!
ミルク入りのマキアート、日本よりおいしいのではだいだろうか。
こんなにおいしいコーヒーをそこらじゅうのカフェで飲むことができるのが、エチオピアの首都アディスアベバだ。

しかし、アディスアベバを歩くと、カフェでコーヒーを飲む余裕なんて微塵もなく、路上で物乞いをしている人がたくさんいる。
貧富の差が激しい。
道路にはベンツが走っているのに、道路の脇では栄養失調からか、力尽きた路上生活者が倒れている。
この風景があまりにも普通で、倒れている路上生活者に声を掛ける人も見なかった。
貧しい農家から仕事を求めて首都にやってきてもエチオピアの失業率は80パーセント。
仕事を見つけるのは本当に難しいだろう。

おいしいコーヒーを作るコーヒー農家も例外ではなく、たくさんの農家が飢餓に瀕している。

最近、映画「おいしいコーヒーの真実」が公開された。
日々、口にするコーヒーが、エチオピア農民の貧困の上に 成り立っているという告発的なドキュメンタリーで、生産地に配慮したコーヒーを消費者が選ぶ重要性を訴えている。
映画の舞台となった2003年と04年は、ベトナムコーヒーの増産などでコーヒー豆が世界的に供給過剰となり価格が大暴落した。
映画では、エチオピアのコーヒー農家が麻薬作物の転作に手を染める姿も描かれている。

国民のほとんどが農業をしているのに、なぜ飢餓で苦しむ必要があるのだろうか。

「緑の革命」はエチオピアに餓死者を増やした原因のひとつだ。

大分前にテレビ番組「あいのり」でも「緑の革命」のことがとりあげられていて、そこでメンバーに、アベベック・ゴベナさん(エチオピアのマザーテレサと言われている人)がアフリカの貧困の原因を説明するシーンがあった。

わかりやすいので、ここからあいのりのシーン抜粋↓

「緑の革命。」

ある日、先進国の人が貧しい国にやってきた。
先進国の人「今までより、たくさん作物が実る種を開発したんです。トウモロコシは2倍、小麦は3倍もとれるんですよ。どうです、これが『緑の革命』ですよ!」
貧しい国の大臣「うん、それは、素晴らしい話だ!」
こうして貧しい国は新しい品種の種を先進国から買った。
そして、政府から新しい種を手に入れたお金持ちの地主は、自給自足の生活をしていた人から土地を買い上げ、よりたくさんの作物を収穫するために、大農地を作った。
しかし、金持ちの地主「こんな広い土地に水や薬をまくにはどうしても機械が必要だ」
結局地主は、トラクターや散水車など高価な機械を購入。
そして農民たちに・・・
金持ちの地主「悪いけど、明日からもう来ないでくれ」
農民「え~!?」
土地を奪われた農民達は、仕事までも奪われてしまった。
緑の革命で農地改革を果たした先進国は更に自分達の思惑を通すべく、追い討ちをかけた。

アベベック・ゴベナ→「私たちアフリカの国々は先進国の嗜好品を作らされたのです」
 
先進国はアフリカの国々に自分達の食料を作る畑を潰させ、タバコ・ピーナッツ・カカオなどの嗜好品を集中的に作らせたのだ。
しかし、収穫された作物の買値は安く、アフリカの人達はどんどん貧しくなり、食べるものまで失ってしまったのだ。
メンバーはケニアのスラムでもたくさんの子供が飢えと闘う姿を目にしてきた。その背景には、多くの農家が紅茶作りに従事している事実もあった。
アフリカでは他にも、エチオピアでコーヒー、ギニアではパイナップル、ガーナではカカオ、セネガルではピーナッツなど・・・
ヨーロッパの為にアフリカの人達が、アメリカの為に南米の人達が、そして日本の為にアジアの人達があまりにも安い賃金で働いている。
アベベック・ゴベナ→「先進国の人達が嗜好品に囲まれた優雅な暮らしを送れるのは、貧しい国の人達が安い賃金で働いているからです」

抜粋ここまで↑

エチオピアで飲むコーヒーはおいしい。
こんなにおいしいコーヒーを作っているのに!と思うとなんだかいたたまれない気持ちになった。

JICAがエチオピアの村民開発の一環でコーヒー生産者の支援をしていて、そこには最近日本企業の「生活の木」の社長がここを訪れたそうだ。
「生活の木」では企業の社会的責任という立場から、エチオピア産コーヒーのフェアトレードをはじめようとしている。

エチオピアのコーヒーは日本にいっても十二分に通じるおいしさである。
いやいや、エチオピア人の味覚はコーヒーに関しては日本人以上にするどいかもしれない。
そうでなければ、別にコーヒー派でもない旅人の私達が一日に3回もコーヒー屋をはしごするはずがない。

もし、輸入が始まったら日本でも気軽にエチオピアのマキアートが飲めるようになるだろう。

日本でも気軽に飲んでいるコーヒーだけど、これまでコーヒーの生産者のことを真剣に考えたとはなかった。
アフリカに来て、実際に貧しい人をこの目で見てなかったから、きっとずっと気付かなかったかもしれない。
生産者がいないとおいしいコーヒーも飲めなくなってしまうのに、私達はこれまで本当に無関心に生きていた。
生産地に配慮したコーヒーを消費者が選ぶことが、直接貧困の解決につながっていく。
日本に住んでいても、遠くエチオピアを思いやることができるのだ。

ちなみにエチオピアのコーヒーをフェアトレードをはじめている会社もあったので紹介。
http://www.phoenicia.jp/andromeda/index.html
私達日本人にとってエチオピアのイメージは決していいものではないと思う。
いろいろなボランティア団体がエチオピアのがりがりの子どもの写真を公開し、深刻な飢餓状態を救おうと訴えている。
そこに写った子ども達はみすぼらしい格好をし、泥の小屋に住んでいる。
だから、私にとってエチオピアのイメージはとても貧しい、砂埃の舞う荒地だった。

だから私は驚いた。
美しい自然、溢れる緑、色とりどりの鳥が舞う楽園さながらの大地。
エチオピア、この高原には本当に豊かな生態系が息づいていた。
南部では、バスの車窓から様々な種類の鳥や猿、鹿科の動物を眺めることができる。

エチオピアの南部の少数民族を訪ねて旅していた。
彼らは藁葺き屋根の家に今でも住みつづけているが、旅人を敬愛の心で迎える心の豊かさを持っていて、感動させられた。
家にはいると、もてなしのためにわざわざ薪を燃やしてコーヒーを入れてくれた。
そして、なんと快く泊めてくれたのだ。

確かに家は質素だったけれど、日本人が持っていないものを彼らが持っているのではないだろうか。

私たちの泊まったハマル族はみんな優しかった。

そして、みんなが朝は太陽の光に溢れ、夜は無数の星が煌く自分の村を愛していた。

私たちがどれだけ、自分の住んでいる土地を愛しているかわからないけれど、ここに住む人はエチオピアの土地が心から大好きなのだ。

南部にはほかにも70以上の民族と言語グループが存在しているらしい。
エチオピアの民族は、驚くべき多様な文化を有している。
北部にもキリスト教正教会のアビシニア王国の古い伝統がある。

エチオピアのアビシニアの大平原は、二つの巨大な高原台地上に位置し、真ん中が大地溝帯によって分割されている。
東はソマリア、オガデンの灼熱の砂漠、西はスーダン、そして北はアフリカ大陸プレートがアラビア・プレートにぶつかるダナキル地方となっている。
そこから標高は次第に上がり、半乾燥性の低地や所々に分散する熱帯林を経て、山地の森林、そして標高4000メートル以上のセミエン、バレ、グッギ山脈の斜面に位置する草原にいたる。
そして、これら全ての地域に多くの固有動植物が分布している。
エチオピアの生態系の多様性は、その文化の多様性に劣らず、アフリカ大陸では横に出る国はないそうだ。
エチオピアはまさに大自然の宝庫なのだ。

エチオピアに来た時、南部の民族も含め、マネーマネーと手を出してくる人が多かった。
本当に絶え間なく金銭を要求されるため、何て旅しにくい国なのだろうと感じた。

よく考えてみたら、旅人の落とす観光による現地の収入と言うのが地元の人には見えにくいのかもしれない。
そして、アフリカの貧困とは先進国が生み出した物だと言う意識もあるのかもしれない。

エチオピアは他のアフリカ諸国に比べ、観光ビジネスに遅れを取っているらしい。
ツアー運営業者らは、観光ビジネスを個人の利益獲得の手段のみととらえる傾向があり、一部の地域では、地元文化の搾取につながってしまっているという。
その結果、地元コミュニティーが疎外されてしまい、訪問者の体験が損なわれ、業界に悪影響を与えているというのだ。
更にはコミュニティーが利益を受けるチャンスは失われ、観光は有益な効力ではなく、破壊的な影響を与えるものと化してしまう。
このような現象は、特にエチオピア南部において見られているそうだ。

そんな話しを聞いたのは、エチオピア南部のコンソという町だった。

ここにはイチゴ畑エコロッジ(Strawberry Fields Eco Lodge, SFEL)と言う場所がある。
ここでは、そういった悪い風潮に立ち向かおうとしているプロジェクトが行われていた。
SFELのねらいは、観光とコミュニティー発展活動を融合させ、コミュニティーが観光の利益を実感できるようにすることだそうだ。
コミュニティーに根ざした文化体験プログラムにより、訪問者がより深く現地社会と交流することを促進している。
じつをいうと、私はここに行っていない。
コンソ最後の日に、このエコロッジのことを知ったのだ。
私はエコロッジのパンフレットを見て、アフリカでこんなに頑張っているプロジェクトがあるのに感動してしまった。
なにしろ、これは私の夢の一部なのだから!!
本当は行ってみて、実際の様子を紹介したかったのだけれど、こればかりはしょうがないのでパンフレットの内容を紹介したい。

一部抜粋↓

コンソの人々は、勤勉な農民として知られ、 険しく露出した玄武岩が大地溝帯を東西に横断する地域に住んでいます。
戦闘的な遊牧民に三方を囲まれているこの古風な趣のあるささやかな文明は、ボレナとオモ渓谷の乾いた荒地に降りて行く前の最後の定住農業地域となっています。
コンソの土地は養分が乏しく、深く浸食された峡谷に切り込まれた急な斜面が特徴です。

更に、降雨量は不安定です。
このような厳しい条件が、アフリカで最もタフな農民と言われる人々を生み出しました。
コンソは、何世紀にもわたりコミュニティーの労働力により作られた乾式工法による石造りの段々畑で有名です。
地域一帯に広がる段々畑は、痩せた土壌でモロコシやモリンガ(Moringa)の栽培を可能にしています。
その他、ハト豆等の豆類やキャッサバ等を間作し、降雨量が十分であれば、人々が必要なだけの食物をまかなえるのです。

訪問者らが段々畑を登り、高地にあるコンソの村落にたどり着くと、現地の人々に、地元の言葉で挨拶し、地元の礼儀作法に従ってふるまいます。
コミュニティーに根ざした活動に参加することで、訪問者らは草の根レベルの社会に収入をもたらすのです。

SFELのねらいはそれだけではなく、持続可能な生活のための総合的な資源管理システムであるパーマカルチャーの研修も提供しています。
パーマカルチャーには、栄養農園や苗床の設置、コミュニティーのニーズに沿った生産性ある農林業を含む再植林活動、種子バンクの運営、生態系保全と食料生産のための土壌改良等が含まれます。

パーマカルチャーは、貧しい農村地区にとって、食料供給の不安定性と環境破壊という背中合わせの二つの災難に対応し、アフリカの女性にとって特に重要な不必要な労働という問題も解決してくれるのです。

パーマカルチャーは、生命と生活を維持することを目的としており、干ばつと食料不足と闘争するコンソにとって、膨大な潜在能力を持っています。
SFELは、エチオピアで最初のパーマカルチャー試験農場を提供しています。
農場は、エコ・ロッジのレストランに新鮮で美味な食材を提供するだけでなく、地元のコミュニティーや団体、そして外国からの訪問者が参加できるパーマカルチャー研修プログラムの場でもあります。
外国からの参加者が支払う研修費は、地元の人々が研修に参加するための資金となります。

全ての参加者は、研修の過程で、自分のアイディアや経験を他の参加者らと共有するチャンスを持てます。
SFELの専属講師であるティチャファ・マコベレ氏(Mr Tichafa Makovere)は、ジンバブエから来たパーマカルチャーの専門家であり、アフリカ南部のパーマカルチャー運動のリーダー的存在です。

SFELは、毎月、72時間のパーマカルチャー・デザイン講座(有資格)を開催しています。外国人の参加費用は、13日分の食事・宿泊費込みで750ドルで、講座内容には、理論、実地研修、現地見学、参加型のデザイン実習が含まれます。

SFELは、皆さんの参加を歓迎します。
コンソのコミュニティーを訪れ、ユニークでいつも明るく、その素晴らしい文化を非常に誇りに思い、毎日の素朴な作業を達成することに労を惜しまない人々を知ってください。
コンソは、驚異的な美しさと厳しい現実が背中合わせの土地です。
SFELでは、開発活動家から少し地元に貢献したいと思っている観光客まで、どんな訪問者にでもコンソを楽しむチャンスを提供しています。
「Ogado! 魅惑の地コンソへようこそ!」

抜粋終わり↑

というわけで、エチオピアを体験するにはものすごく興味深い場所のように思ったので、ホームページで紹介させていただきました。
エチオピア、バスの移動では砂埃が常に舞い、人々はマネーマネーと手を出してくるけれど、この土地の大自然と文化の多様さには鳥肌が立つほど感動したのも事実である。
アフリカを旅する人にはぜひ、エチオピアを肌で感じて欲しい。

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