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マレーシアの伝統 結婚式

ここはジャングルの中の100人の村。
10世帯の大家族達が暮らしている。

11月25日、村の娘が町の男と結婚することとなった。
娘の名前はロージー、男の名前はアディ。
彼らは7年も交際を続けてきた。
2年は友達として。3年は彼氏彼女として。その後また2年は婚約者として。
2人は25才になり、やっとまわりに認められ、結婚することとなった。
マレーシアの平均的な結婚年齢である。

村は結婚のニュースに沸き立った。
というのも、村の誰かが結婚する時は、村人全員で準備をし、結婚式を執り行い、パーティをみんなで楽しむというのが、ずっと続くマレーシアの結婚式の伝統的スタイルなのだ。
大人達は準備に何日もかけ、子ども達もいつもと違う空気になんだかわくわくそわそわ落ち着かない。

彼らの生活はほぼ自給自足で成り立っている。
庭ではたくさんの鳥を飼育し、彼らはペットとして或いは食卓の材料として登場する。
そして、たくさんの種類の果物、野菜を育てている。
これらは自分たちの食料として、米と交換する対価として扱われる。
決して裕福とは言えないが、彼らは米さえ手に入れれば働かなくとも生きていくのに困ることはないという。
もちろん畑仕事は別だけれど、ジャングルにはそれだけの食料的な豊かさがある。
とはいえ、近代化はここにも押しよせ、彼らの家には電気も通り、洗濯機やテレビがあるところもあり、テレビはなんと世界中の番組を受信(特に日本のアニメの人気はすごい)し、彼らの娯楽のひとつとなっている。
だから、そういった電化製品を買うために出稼ぎで労働をする人もいれば、都会の生活に憧れて村を出る若者もいるのである。

ロージーはそんなジャングルの村の生活にプライベートがない、刺激がないと感じ、町に出て一人働いて生活していた若者の一人である。彼女は町に出てアディと出会った。
彼らは町で普通に働き生活する若者だ。
ほとんど毎日が仕事で、週に1度しか休みがないのが現状らしい。
そんな中で二人の恋愛がどう育ったかと言えば、彼らは常に同じ職場で同じ仕事をしていたのである。

全く仲の良いことで、微笑ましい!

彼らは結婚するに当たり、24日・25日はまずロージーの村側主催で結婚の儀式とパーティーをし、26日はゆっくり1日休み、それから27日はアディの家族主催で町のホテルでお披露目パーティをすることとなった。
村での結婚式にはロージーの親戚や友達が集まり、ホテルの結婚式ではアディの親戚や友達が集まるのである。27日の結婚式は日本のホテルでの結婚式とそう変わらないので、ここではロージー側の結婚式を紹介したいと思う。


24日夜、ムスリムの音楽の流れる中、結婚の儀式が始まった。
みんなでまずは何かお経を唱え、その後、ロージーとアディが向かい合い、ネックレスをアディからロージーにプレゼントし、それを花嫁の首につける。そして、指輪を交換する。
次に2人は上座に用意されたこてこてに飾り付けられた台に座り、人々がその前に並ぶ。
2人は両手を前に差し出し、人々はその手の上に水や細切れの香草のようなものを振りかけ2人を祝福していく。祝福のお返しに2人からはスペシャルエッグといわれる「ゆで卵」をかざりつけたものが贈られる。

マレーシアの普通のカップル達は結婚するときに新郎側からネックレス一つと婚約指輪一つと結婚指輪一つを送るそうだ。アディによると3つ合計で大体12万円とのこと!ワオ!!結構頑張るのね。
マレーシアは未だに発展途上国の一つとして数えられるけど、クアラルンプールとかマラッカに行ったらそんな考えは吹き飛ぶほど、彼らは私たちとあまり変わらない生活をしているのだ。

それでもこの結婚式の形態を保っているというのは途方もなく素晴らしいと思う。
一つのコミュニティが全員参加で一つのものを作り上げ、一つの目標を達成しようとする。
そして全員がその達成したものを楽しむことで、力を合わせることの素晴らしさ、人の役に立つことの喜びを自然に実感することができるのだ。
ロージーの結婚式を見ているとみんながほんとに活き活きしていた。

男の人は力仕事担当で大きなテントを張ったり、夜のフルムーンパーティのための機材(マイク・ドラムなどのライブセット)を運んだり、舞台を作ったり、さらには新婚初夜のベッドまで手造りである。

女の人は細かな装飾や料理を作る。
村人みんなでたくさんの卵に飾りをつけているところはなんだか微笑ましい。
花嫁の伝統的なメイクももちろん村の女の人の仕事で、ロージーは一日中いじられっぱなし。
私も便乗して指を天然の葉っぱを練ったものでオレンジに染めてもらった。
そして、葉っぱのにおいがしばらくの間とれず、後悔するのであった。笑

ジャングルに住む人は英語をしゃべれない。
出稼ぎに街に出たことのある若者たちだけが片言しゃべるくらいだ。
それでも彼らは結婚式の客にとても親切で、片言でも一生懸命に話しかけてきて、気にかけてくれる。
常にウェルカムの姿勢で、一生懸命もてなしてくれるので、何にも出来ない私はちょっと申し訳なかった。
もし逆の立場だったら、これだけのもてなしを私たちは見ず知らずの外国人にできるだろうか。
日本人の多くは英語があまり出来ないから言って、みて見ないふりをしてしまうのではないだろうか。
ただでさえ、知り合いのいない海外なのだから、片言でも一生懸命話しかけてもらえた方がうれしいはずだ!と、私はこのとき学んだ。

結婚の儀式が終わると夜は近隣からも村人が集まって、一晩中お祭り騒ぎとなる。
町に着くのに車で3時間もかかるジャングルでは、みんなが夜にクラブに行くわけにはいかないから、ここぞとばかりに人が集まるらしい。小さな村のロージーの家の周りには約300人の人が集まった。
イスラムの国だからお酒は出ないけど、それはもうみんなおおはしゃぎハイテンションで、生のライブでロックを踊るのだ。おじいちゃん、おばあちゃん、子供までもう年齢関係なしのお祭り騒ぎは見ているだけでも、目がまん丸になってしまうこと請け合い。

こんな結婚式に準備からみんなで参加していたら、それは楽しいに違いない!
本番が終わった後の感動もみんなで共感できるのだから、これもやっぱり素敵なことだ。
一緒に達成したことで結束は深まり、花嫁側の家庭は村人みんなに感謝し、感謝はそうして村を常に循環する。
思い出はみんなで共有するものとして残り、みんなで語り合うことでさらに深い人間関係につながっていく。


日本のコミュニティもそういうところがたくさんあったはずなのに、今はほんとに少なくて、人間関係希薄化の時代とさえ言われている。
そんな中だから、どう人と付き合っていいかわからない人が増え、孤独感を抱え込み周りにさえ相談できず死に到る人までいる。

マレーシアの伝統に今のそんな日本を救うヒントが隠されているのかもしれない。
自分の拠り所となる信頼すべきコミュニティをみんなが持っていたらそれは素敵なことだ。

まずは隣の人と手をつなぐことからはじめよう。

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