ベトナムの最近のブログ記事

ベトナム戦争とホー・チ・ミン

私はベトナムに来るまで、ベトナム戦争のこととか、ベトナムの植民地時代のこととかほとんど知らないでいた。
そういえば、昔、お父さんがベトナムは人としての尊厳を大国(アメリカ・フランス)から守り抜いたすごい国だと言っていたなぁというくらい。

そんな何も知らない状態で行ったホーチミンの戦争博物館で、私は泣いた。

アメリカ批判的な展示が多く、中でも枯葉剤の影響で頭が二つになった胎児のホルマリン漬けとか、爆弾で傷つけられた人々の生々しい写真はショックだった。
原爆博物館よりも生生しさを伝えている点では上だと思う。

なんで、私が泣いたのかというともっと別のこと。

その博物館の中で、戦争反対運動が世界各地で起こっていたことを知った。
アメリカ国民が焼身自殺して、「ベトナムの人は自分たちと同じ国の国民によって、こうやって殺されている!」と抗議した人もいた。
他の国の人でも戦争に反対して、やはり焼身自殺して戦争の悲惨さを訴えようとした人がいた。
アメリカでも日本でも世界各地で戦争反対のデモが起こり、ベトナム戦争を地球市民全体で戦争を嫌う空気が出来上がっていった。

日本でもベトナム戦争をさわり程度に勉強したけれど、アメリカの戦争への正当性のなさだけが強調され、アメリカの国民がこの戦争にどれだけ反対していたかなんて知らなかった。
反対運動の中、撃ち殺された人もたくさんいて、そんなことも私は知らなかった。
同じ時代に生まれてないから知らなくていいなんて言ったらそれまでだけど、私はみんなにこの事実を知ってもらいたいと思った。

国家権力が国民の意識と無関係に戦争を推し進めた事実というのは、民主主義を唄う国家にあってはならないことだ。

そんな中で、自分を犠牲にしてでも他の人を助けようという意識が、この時に各地で爆発したということには、胸を打たれずにいられなかった。

アンネ・フランクじゃないけれど、人間の本性は善であるって本当だなって思ったよ。

そしたらしばらく涙が止まらなくなってしまって、博物館でとても恥ずかしい思いをした。


人民を無視して、自分たちの利益のために暴走する国家があるということは歴史上多々あった事実。
ベトナム戦争は一面で、まさにその事実に抵抗し、人の善とは何かをみんなに問いかけた戦争ではなかったのだろうか。


このベトナム戦争の折、ベトナムの代表者であったホー・チ・ミンはアメリカ国民に手紙を書いている。
戦争している国の国民を友と呼び、自由を必ず獲得することを誓っている。
彼はベトナム戦争が終結する前に亡くなったが、最後までベトナム国民の自由を守ろうと戦った人だったと伝わっている。

圧倒的にアメリカよりも軍事力のないベトナムを支え、最後まで戦い抜くことを決意した人物がどんな人物なのか。
私たちは、ハノイにあるホーチミン廟に今なお眠っている彼の遺体をたずねることにした。

「ホー・チ・ミン」名前はとても有名だけれど、実際には私も詳しく知らなかったのでちょっと説明を加えます。
知ってる方は飛ばしてください。

①ホー・チ・ミンは植民地時代からベトナム戦争時代までベトナム革命を指導したベトナム労働党主席で、ベトナム民主共和国初代大統領(国家主席)。現在のベトナムでも建国の偉人として尊崇を集めています。

②遺骸はレーニンにならい永久保存されて、南北統一後ハノイのバディン広場に建設されたホー・チ・ミン廟に安置されていて、私たちはここを訪れました。

③船員としてフランスとアルジェリア、チュニジア、コンゴなどのフランスの植民地とアメリカ、ヨーロッパ諸国を回った冒険家だったことにも、なんだか恐れ多いですが共感を覚えます。

④革命によって権力を握った共産党指導者が独裁的になり、反対派に血の弾圧(粛清)を行う例が多い中にあって、ホー・チ・ミンは、腐敗・汚職に無縁で、禁欲的で無私な指導者であり、自らが個人崇拝の対象になることを嫌っていたといわれています。
その慈愛に満ちた飄々たる風貌で民衆に愛され、晩年は国民から「ホーおじさん」と呼ばれ今なお親しまれています。

⑤ホー・チ・ミンは自伝の類を残さずに死んだため、後継指導者層や軍人達の間でも「ホー・チ・ミンが何も語らずに逝ったのに、我々が何を言えるだろう」として自己の業績について殆ど語らないという伝統が生まれました。

と、これだけでも高潔さと非凡さは伝わってくる。

ハノイ最後の日、憧れになりつつあるホーおじさんの廟の前は大行列。
本当に会えるのか不安になりつつも、ディズニーランドの乗り物前のような大行列の中を歩いた。

そしていよいよ対面の時がやってきた。

眠っている姿は、なんだか見ているこちらが安堵してしまうような穏やかさのただよう寝顔だった。
今にでも「おはよう」と言いそうなくらい血色も良い。

不思議な気持ちになって、その後、今でも残っている彼の家を訪ねると、ラオスでは一般的な高床式住宅で、贅沢さとかは微塵も伝わってこなかった。
ベッドも普通の人サイズだし、華美な装飾もない。

私もよっしーもなんだかほっとしてしまった。

ホーおじさんを訪れたことでベトナム観光の区切りがついたと思う。
知らなかったベトナム戦争についても自分たちなりに考えることができてよかった。

国民が目指すべき、尊敬すべき人物を持っているということはいいことだ。
そこに尊敬する心が生まれ、自分が謙虚になることができるだろうから。

世界中で、これから自分の憧れる人物像にまだまだ出会うかもしれない。
これからも楽しみだ。

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