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ゴミの削減 韓国の取り組み (1件のコメント)
2008-08-30
さて、少し前の日記でリサイクルのことを取り上げた。
今回はゴミの削減について。

ゴミの削減は3Rの中で最も効果的で重要だと言われている。
しかし日本ではまだ実効的で包括的な法律は未整備である。
誰もが知っている対策としてはレジ袋の有料化があるだろう。
07年8月、レジ袋を5円で販売し始めたいなげやでは、レジ袋を断る客の割り合いが8割を超えたそうだ。
仙台市が今年10月、一般ゴミの収集の有料化に踏み切る。
可燃ごみ45リットル袋40円、容器包装プラスチックが25円。家庭ゴミの総量を15%減らし、紙類のリサイクル量70%増量を目指すという。
全国1840市区町村のうち、すでにゴミ収集を有料化したのは約53%の973自治体。
多くは地方の市町村で政令指定都市では北九州、福岡、京都の3市だけである。
東京都の日野市では90年代、ゴミの量が急増し、共同最終処分場から締め出されそうになり、有料化に踏み切った。これにより、ゴミ収集量は99年から01年の間に45%も減り、資源回収量は逆に3.3倍になった。共同のダストボックス方式を自宅前収集に変えたことも分別の質の向上に役立った。中身の見えないダストボックスはゴミの無責任体制につながり、違反者の特定や指導が難しかったのだ。

さて、ゴミ減量については韓国の作戦が目覚しい。
家庭ゴミ収集を完全有料化(95年、有料化前はゴミの排出量に関係なく、住宅規模や所得税に応じて決められた手数料を払うだけだったが、完全に従量制に変わった)したほか、「1回用品(使い捨て用品)」を法律で禁止し、1人当たりのゴミの一般ゴミ排出量は10年で54%も減った。
有料化後に再びゴミの増えることはなかったという。
「1回用品」の規制は飲食店での紙コップ、スプーン、紙皿、割り箸などの使い捨て食器を全面禁止。
ホテルの髭剃り、歯ブラシも禁止。違反した事業者には最高300ウォン(約36万円)の過科が科せられるなど、内容が徹底している
テイクアウトの食品容器は規制の対象からはずされたが、主要なファーストフードチェーンは03年1月から自主的にテイクアウト容器にデポジットシステムを導入しているそうだ。
資源ごみや生ゴミのリサイクルも進み、ソウル市で99年度に30パーセントだった生ゴミのバイオマス資源化率は04年度に90%以上にも達した。
日本が見習っても良いアイディアがありそうだ。

さて、毎日出たゴミはどこに行くのだろう?
日本では埋め立てられたり、リサイクルされたり、ほとんどの人の目に付かないところに持って行かれるから、みんなあまりにも気に留めないゴミの行方。
だけれど、私たちは見てきた。
発展途上国でゴミの上に住まざるを得なくなった人々がいる。
プラスチックが自然発火し、発生するダイオキシンを吸い込みながら、赤ちゃんに乳を上げる母親がいる。
大きなポリ袋一杯に集めても、10円にしかならないようなゴミを集める為、ガラスの混ざるゴミの上を裸足で歩き、傷つきながらも学ぶことなく働く子ども達がいる。
もしもここに生まれていたら、私たちの年まで生きていなかっただろうというような地獄の風景。
使い捨て文化が発展途上国のゴミ山の問題、地獄の風景を生んだ。
彼らはものを包む時にはずっとバナナの葉を使ってきた。
ビニールが土に返らないことなど、彼らには考えも及ばなかった。
しかし、考えたところでどうなるというのだろう。
彼らにはそのような製品を、どう処分したらよいかという知識だってなかった。
そんな時に、自由貿易が途上国を豊かにするという神話を信じさせ、無理やり国境を開かせたのは先進国の私たちだ。

これからゴミの問題はどこに行くのだろう。
まずは自分の身の回りからゴミを出さないように考えていきたい。
消費者が使い捨て商品を買わなくなったら、商品を売る企業もきっと変わりだす。
世の中のゴミは減るだろう。

私たちは日本だけでなく発展途上国にもゴミを無害化させる技術やリサイクルの技術も伝えていかなければならない。
いつかゴミ山のゴミがなくなることを願って……。

リサイクルの必要性 ドイツより <----(コメントする)
2008-08-12
ドイツのスーパーではリサイクルの為に、PETなどの容器を回収していた。このことについて、ちょっと調べてみたので報告する。

ドイツでは2003年の1月から、飲料容器へのデポジット制度が導入された。
料金は缶やPETボトルなどの使い捨て容器入りは。店によりばらつきがあるが、だいたい5リットルまでが0.25ユーロ(約40円)、1.5リットル以上が0.5ユーロ(約80円)。リターナブル瓶(回収再利用できる瓶)では0.08ユーロ(約13円)。
もちろん店頭のPETを戻す清算機械に、PETや缶を戻せばデポジットは帰ってくる。
この効果でリターナブル瓶の利用が増え、ポイ捨ても少なくなり、道路や公園もきれいになったと市民の間で言われている。
もちろん回収されたPETは再びPETになったり、フリースにもなったりしてきちんとリサイクルされている。

これに対して、日本にもデポジット制はあるが、現在はビール瓶などの一部にとどまっている。
ビール瓶、牛乳瓶というのは立派なリターナブル容器だが、日本でこの使用量は20年で半分以下に減ってしまった。
現在日本では缶やPETの回収は自治体負担になり、リサイクル費用が完全に価格転嫁されていないのに対し、リターナブル瓶では収集費用が価格的に含まれコスト的に不利になってしまうのだ。
容器包装の3Rを進める全国ネットワークの事務局次長は「納税者負担という現状から、生産者・消費者負担に変える必要がある」と主張している。
同ネットワークによると、現在の容リ法ではリサイクル時にかかる市町村のコスト(税金)が大きく、生産者や販売者である事業者の負担が小さい。
その結果、事業者は使い捨ての容器を作り、処理を市町村に任せた方が得になり、リサイクルさえ出来れば良いという構図になっている。
同ネットワークはリサイクル費用を商品に転嫁して、消費者が最終的に費用負担する法律改正が必要であると言っている。
回収を生産者である事業者が行う仕組みも必要だろう。
ドイツのデポジット制度も検討に値するのではないだろうか。

さて、ペットボトルからリサイクルの話しに入りたいと思うが、日本で一番リサイクルの進んでいる街は実は徳島県の山間部にある過疎の町、上勝町。
もちろんPETのリサイクルもされている。
同町では2003年に「ゼロ・ウェイスト宣言」を打ち出し、40種類を超える分別体制をはじめた。
2020年までに町内から出るゴミを0にすることが目標である。
町内で1年に集められるゴミの量は350トンで、8割が全国の工場に送られリサイクルされているそうだ。
2割にみたない全国平均と比べて、驚異的な数字である。
この分別収集がはじまったきっかけは、ダイオキシン類特別措置法の施行(2000年)で、それまで稼動していた焼却炉が使えなくなったことだったという。
新たな予算もない中、お金をかけず環境に負担をかけず、できる限りリサイクルという方向で、現在の形が出来上がったそうだ。
「分別数は公式には34種類ですが、実はどんどん増えていて、今では40種類を超えました。新たにリサイクルできるものがあればどんどん追加しているからです」
と話すのはゼロ・ウェイスト推進の普及活動を行ない、上勝町のゴミステーションの管理・運営をするNGO法人ゼロ・ウェイストアカデミーの事務局長だ。
「日本一種類が多い」分別収集は大変だが、町の「誇り」と言える素晴らしい取り組みだろう。

これに倣い、東京都町田市では資源ごみの回収を期間限定で実施している。
持ち込んだ資源の量によってポイントがもらえ、トイレットペーパーと交換できるなど、独自のゴミ減量法を模索している。
この試みが成功すれば、他の大都市でのゴミの削減も大きく期待できるのではないだろうか。

ゴミの問題は地球上で最も重要な問題のひとつだと思う。
資源は必ず枯渇するのだから、これから生まれてくる子どもたちのためにも私たちは「循環型社会とは何か」ということに立ち戻り、自分達ひとりひとりが出来ることをしていかなければならない。
まずはゴミの分別をすること。
使い捨ての商品を買わないこと、使わないこと。
意外と身の回りで出来ることはたくさんあるはずだ。
ここまで読んだら良い機会、自分の自治体の取り組みを調べてみてもいいかもしれない。

言葉のある意味 (2件のコメント)
2008-08-10
人の思考は、育つ国の言語に影響されている。
国民性は言語から生まれるといっても過言でないほど、言語は私たちに影響を及ぼしている。

なぜそんな話しをするかというと、アイルランドに行った時、気になることがあったからだ。
誰を見ていても話す言葉が英語なのに、街に掲げられた看板には英語のほかに見慣れない言葉が書いてある。
これって何語だろう?
そう思って街の人に聞いてみると、ゲール語と呼ばれるアイルランドに昔からある言葉だそうだ。
日本では公用語は日本語ひとつだが、世界には公用語がひとつではない国も多い。
アイルランドでは、日常生活の中でより多く使われているのは第二公用語の英語で、ほぼ100%のアイルランド人が英語を話せるのに対し、第一公用語のアイルランド語に関してはたったの2〜3%だそうだ。
何世紀にも渡って英国支配を受けてきたことで、母国語は社会から消えゆきつつあるという。

アイルランドがどういう国かというと、北海道とほぼ同じ約7万平方キロ・メートルの国土に、350万人の人々が住んでいる。
小さな国だが、総兵力1万1千人の軍隊もあれば、公選で任期7年の大統領も置かれている。
そして何より、行って見て思ったことは、なんて自然の豊かな島なのだろうということ!!
黄緑の草原に羊が歩く風景がどこまでも続いていくかと思えば、大きな岩山が突然姿を現し、見るものを圧倒する。
そこかしこにある湖には小鳥が溢れ、胸をくすぐられるような鳴声に満ちている。
夕日の沈むか沈まないかくらいの時間の空は、考えられいくらい幻想的に薄紫、桃色、橙、赤と色を重ねてゆく。
高い建物なんて中世のお城の遺跡くらいだから、ほぼ360度幻想的な空に包まれてしまう。
毎日この光景を見ることができるなんて、アイルランド人ってなんて贅沢なんだろう!!

そう思いながらも、日本の紅葉だって負けてないんだからって思い返してみたり。

私は思う。
言葉によって国民性は作られていく。
でも、言葉は、その国の環境によって作られてきたのだと。
だから、いくらよその国の人がその国の言葉を勉強しても、その国の言葉の感覚的な、もう言葉の匂いとでもいうようなものを本質的に理解することは難しいだろうと思ってしまう。
その国の言葉を勉強するなら、その国の環境に身を置かないと、言葉の匂いは手に入らない。
例えば、五月雨と言ったら、意味は5月に降る雨だけにとどまらないけれど、そんなこと日本人以外の誰が気にするの?

私は日本の小説を読むと、ボキャブラリーが豊富で言葉によって想起されるイメージが楽しい。
日本人は読書離れしていると言われるけれど、なんだかもったいないなぁと思う。
以前は塾に勤めていたから子どもたちと話す機会がたくさんあった。
彼らはゆとり教育の影響で国語の授業時間が減ったためか、覚えている言葉のボキャブラリーも少なく、言葉の使い方もなんだかちぐ
はぐな時がある。
このまま行けば4世代先の人とは意思疎通ができなくなるのではと思うくらいに、今の言葉は簡略化され、英語のように直接的で重要な言葉が生き残っている。
それってなんだか、違うなぁ。
日本らしくないなぁ。
そう思うのは私だけじゃないよね?
せっかくの美しい自然と四季から生まれてきた言葉のある意味を、私たちはもっと考え、楽しみつつ後世に伝えていきたい。
それは今を生きる私たちの仕事だと思う。

さて、アイルランドはというと、現在ゲール語を話せる人は繰り返しになるが人口の2〜3%。
そこで国は、母語復興のためのさまざまな努力をしており、小学校から高校までアイルランド語が必修科目になっている。
さらに大学受験の時の必須受験3科目にもアイルランド語が入っている。
しかし、普段使うことがないため、私たちの英語のように、学校を卒業してしまえばすぐに忘れられてしまうというのが現状のようだ。
国民には「アイルランド語が話せても意味がない」という人も、逆に「国民はアイルランド語を話せるべきだ」と主張する人もいる。
その言語を失うということは、それに関連する文化や思想なども失うということにつながる。
文字で伝承されたものも読み取れなくなるのだから、その国に育った特有の良き伝統や知恵も理解されなくなっていく。
他国の人が勉強しても、アイルランドに住んでいたことがなければ、きっと言葉のもつ本質的な意味や温度はわからないだろう。
ゲール後を話したケルト民族、さらにそれ以前の民族による多くの世界遺産をもつ独自の文化的アイデンティティが失われていくのは世界的に見てもさびしいことだ。
やはりアイルランドにはゲール語が残るべきだと、私は考えてしまう。
日本に日本語を残すべきだと思うのと同じように。

普段何気なく使っている言葉も、こうして考えるとなんだかいとおしくなるのだから不思議だ。
さぁ、言葉をたくさん使いましょう。

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